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~学生寮の部屋~ 「………!」 『こいつぁ……おでれーた』 エンヤホテル跡の階段を上って来たタバサとデルブリンガーは、目の前に広がる光景を見て目を丸くする。そこは何処をどう見てもこの二人、いや一人と一本が日々の生活を営んでいた、トリステイン魔法学院の学生寮の部屋そのものであった。 『……オレ達、帰って来たのか?』 「違う……」 半信半疑で呟くデルブリンガーの言葉を、タバサは即座に否定する。 エンヤ婆を倒しただけでハルケギニアに帰って来られるなど、絶対に考えられない。 タバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3も言っていたでは無いか。 「この道はレクイエムの大迷宮に至る為の通過点」であると……。 それに先程聞こえてきたあの「声」。 あの声が語る内容は、タバサを次なる試練へと誘う言葉では無かったか。 つまり、先程戦ったエンヤ婆は門番だったのだ。 タバサが次の試練に辿り着けるかどうかを見張り、彼女にその資格があるのかを見極める為のガーディアン。それならば、エンヤ婆を倒したことでタバサは次の試練に挑む為の資格は得たはずだ。そしてこの部屋の何処かに、次の試練―― 恐らくレクイエムの大迷宮へと至る道があるはずだ。まずは、それを探さねばならない。 「まだ途中。だから行かなくちゃ……」 『まだどっかに行くアテがあるってーのか?』 「うん。そうしないと、帰れない」 『……確かに、オレっちだって元の世界に帰りてえけどよ』 ふう、と嘆息してから、デルブリンガーはいつもとは違う落ち着いた口調で言葉を続ける。 『タバサ。あんた、オレに会うまで、今までずっと一人で戦って来たんだろう? そんなボロボロになっちまうまでよぉ。無理すんな……とまでは言わねえけど、もうちっと、その、なんだ。タマにはもうちょい能天気になっちまってもいいんじゃないか?』 タバサはすぐに何かを言い返したりはしなかった。 デルブリンガーが自分の身を案じて言ってくれていることは、はっきりと伝わってくる。 でもそれは難しい、ともタバサは思う。 自分の暗殺に失敗した為に、今度は合法的に惨死させるべく―― 憎むべき伯父一族から命を落としかねない危険な任務を次々と押し付けられ、傷だらけの戦いの日々を余儀なくされた自分に、果たしてそんなことが出来るのだろうか。 ましてや、この世界に来てからと言うもの、次から次へと襲い掛かる敵との戦いの連続だった。 少しでも気を緩めてしまったら、その瞬間に死ぬ。 それこそタバサは今までの15年間の生涯で、そのことを嫌と言うほど思い知らされていた。 きっと、デルブリンガーにもそのことはわかっているのだろう。 真実かどうかは知らないが、彼もまた、伝説に語られるような遠い昔の時代から、激しい戦争の中で生きてきたのだと言う。そうで無くても、彼という存在が武器として作られた以上、 戦いの中こそが彼の生きるべき世界であり、その為に自分と同じ世界で生き続けて来たタバサの痛みが、心の内がデルブリンガーにはわかるのだ。 そして、だからこそ。 今ここでタバサが決して立ち止まったりはしないだろうということも、わかってしまうのだ。 でも、それでいいとタバサは思う。 戦いの中で傷つくことは辛いことだけど、自分のことを理解して、心配してくれる相手がいる。 自分の側に立って、本当に守ろうとしてくれる人がいる。 それで充分なのだ。 自分のことを想ってくれている人達がいることを、確かなものとして実感出来るのだから。 今握り締めているデルブリンガーや、自分のことを「友達なんだ」と言ってくれた キュルケ達トリステイン魔法学院の皆、使い魔のシルフィード、この世界で出会ったエコーズAct.3らDISCのスタンド達だってそうだ。 そして自らの命を賭けて、自分のことを守ってくれた母―― 彼らは皆、今のタバサにとって掛け替えの無い大切な存在だった。 だから、無理はする。だけど絶対に負けたりなんかしない。 ハルケギニアに帰って、もう一度会いたい人達が、今のタバサには沢山いるのだから。 「……ありがとう」 『へ?』 「心配してくれて、ありがとう」 出来る限りの精一杯に感謝の気持ちを込めて、タバサはデルブリンガーに答えた。 『お、おう。なんかお前さんにそんなコトをハッキリ言われると照れちまうな…… ま、ともかくだ!これからはオレっちも一緒だ。 オレの力が必要な時は、遠慮なくガンガン使ってくれよな!』 「うん」 「――残念ですけど……」 突然のことだった。部屋の隅から、タバサ達に向けて若い女の声が聞こえて来る 「………っ!?」 タバサは周囲にも注意を払いつつ、その意識を声の主の方向へと向ける。 装備DISC、そしてエネルギーが不足気味ではある物の、射撃DISC共に問題は無い。 体力的にも、後一度戦うだけの余裕はあるだろう。 問題は――そしてこれこそが致命的なことのだが、手持ちの発動用DISCがゼロであることだった。 装備DISCの性能に頼った力任せのゴリ押しは、下策だ。 その時置かれた状況に応じて、手持ちのカードを最大限に駆使しつつも、その消費は最小限に抑えて危機を切り抜けなければならない。 それはこの世界の探検に限ったことでは無い、戦いの常道の一つだった。 しかしエンヤホテルでの戦いは、全てのカードを切らねば勝利を掴めぬ程の苦しいものだった。 だからタバサは、今持っているDISCだけで出来ることを考えて、それを実行に移さなくてはならない。 「誰?」 顔を見せると同時に、残りのエンペラーとフー・ファイターズの銃撃を叩き込んでやる。 タバサは声の聞こえて来た方向に両手を向けながら、静かに聞き返す。 「ここではデルフさんの力も、完全には発揮出来ないんですよ」 敵意を向けるタバサの態度にさして動じた様子も無く、声の主は堂々とタバサ達の前に姿を見せた。 「…………!」 『なぬぅ!?』 タバサとデルブリンガーが、再び驚愕に目を見開いて―― 剣であるデルブリンガーはあくまで気分だけの話であったが、 ともあれ一人と一本は、その見覚えのある声の主の姿から目が離せないでいた。 「シエスタ……」 「ごきげんよう。ミス・タバサ、デルフさん。お元気そう……には、ちょっと見えないかも?」 赤黒い血の跡を残してボロ雑巾同然の服を着込んだタバサの姿を見て、彼女は苦笑いを浮かべる。 少なくともタバサ達には、その声も姿も、そこに立っているのがトリステイン魔法学院でメイドとして働いている平民の少女、あの平賀才人に一途な思いを寄せているシエスタ本人にしか思えなかった。 『ちょっとちょっとちょーっと待てよお嬢ちゃん!なんでアンタがこんな所にいるんだよ!? いや別にいてもいいのか?いやもう、とにかくオレ様スッゲーおでれーたぜ!』 「……ううん。多分、違う」 タバサは射撃DISCを撃ち込もうとしていた手を降ろしながら、デルブリンガーの言葉を否定した。 トリステイン魔法学院の学生寮に、そこで働くメイドの姿があるのは確かに不思議なことでは無い。 だがそれでも、それは現在目の前に広がっている光景に対する正確な回答とは呼べない無いだろう。 事情の飲み込めないデルブリンガーより先に、冷静に真実へと思い至ったタバサは静かに尋ねる。 「あなたも……やっぱり?」 「ええ、その通りです」 タバサの問い掛けの中身を察知して、シエスタはゆっくりと頭を縦に振った。 「ミス・タバサの仰る通り、私もまた、皆様が存じ上げているシエスタの“記録”に過ぎません」 この世界に存在する者は全て、何処か別の世界にある実在の人々の“記録”が形になっただけであると、タバサは以前エコーズAct.3から聞いたことがあった。 本当の意味でこの世界で「生きて」いる者は、タバサやデルブリンガーのような別の世界から迷い込んだ者だけであると言う。この世界が全て誰かの“記録”で出来ていると言うなら、トリステイン魔法学院やシエスタのようなハルケギニアの“記録”がここに存在していたとしても不思議では無いのだろう。 ――だが、それでも。 タバサはほんの僅かにではあるが、希望を持っていたのも確かだった。 これが本当の魔法学院なら、元の世界に帰って来られていたら、どれほど良かっただろうか、と。 『記録……って、どういうこった?お前さん、シエスタじゃねぇのか?』 「うーん。全く違う、と言う訳でも無いんですけど……」 事情の飲み込めないデルブリンガーの問いに、シエスタは困ったように首を傾げる。 「……そっくりさん?」 「双子でもいいかも」 「ドッペルゲンガー」 「近いかもしれませんね」 「リビングゴーレム……」 「あ、それはちょっとひどいですわ、ミス・タバサ」 『――わかった!わかったわかった!いや、本当はわかんねーけど、わかったコトにする!』 デルブリンガーが二人よりも寧ろ自分に言い聞かせるようにして、放っておけば延々と掛け合いを続けそうなタバサとシエスタ?の会話を遮った。 『あんたはシエスタ、それで決まり!いいんだよな、それで!?』 「いいと思う」 「そう思って頂ければ何よりですわ、デルフさん」 女性二人の了承を取り付けて、デルブリンガーはふう、と自分を納得させるように溜息をついた。 どうやらこちらの世界の住人らしいこのシエスタ2号は兎も角、同じ世界からやって来たタバサと同じ知識を共有していないのは辛い。自分も早く、この世界について詳しく知っておかねばならない。知らなかったから、この先結果としてタバサの足を引っ張ってしまった、では済まされないのだ。現在の自分の持ち主であるタバサが、如何なる状況においても全力以上の力を振るえるように、彼女の側でその身を支える。 それこそが、武器としてこの世に生を受けた自分の役目では無かったか。 心の中で新たに決意を固めたデルブリンガーは――そこでふと、あることに気付く。 『なあシエスタ?』 「はい?」 『さっきお前さん、気になるコト言ってたよな?』 「気になること……ですか?」 『ああ。ここじゃあ、オレの力を完全に発揮出来ないとか何とか……ありゃあ一体、どういう意味だ?』 「……………」 『おい、シエスタ?』 「――その話は後にしましょう」 これ以上話すつもりは無いとでも言いたげに、シエスタはゆっくりと首を振る。 『何だって。おい、オメエ、一体どういう……』 「まずは先にやらなくちゃいけないことがありますから」 『やらなくちゃならないコトぉ?』 「はい。ミス・タバサに、今のような御格好をさせておく訳にはいきません」 大真面目な表情で、シエスタはデルブリンガーの問いに答えた。 「お体を洗って、お召し物を変えなくては。そうしないと落ち着いてお話も出来ないでしょう?」 『ウーム……』 確かにシエスタの言うことも一理ある。 タバサがトリステイン魔法学院の生徒であることを示す制服とマントはボロボロに引き裂かれ、ドス黒く変色した血痕があちこちに染み付いている。 トレードマークの眼鏡はどう見ても使い物になりそうにない程にひび割れて歪んでおり、まだ幼いが綺麗に整った顔には、未だに乾き切らない自身の血で滑っている。 そんな彼女の姿はあまりに痛々しく、見るに耐えなかった。 無論、自分の能力云々の話も気にはなるが、今のタバサをどうにかしてやりたいとデルブリンガーが思っていたのも確かだ。 「もしミス・タバサさえ宜しければ、私が手伝わせて頂きますが……」 その部分のみ、シエスタは遠慮がちに口を開いた。 ハルケギニアでは貴族と平民の差は絶対だ。 平民が貴族の命令で多種多様な労働に励むのは当然のことであったが、貴族の身繕いまで平民の使用人が手伝う、という話はあまり聞かない。 それは家臣である平民の前で、貴族が肌を晒すなどもっての他だ、という貞淑な物の考え方である。 例外があるとすれば、かつて権力に物を言わせて無理矢理シエスタを引き取って慰み物にしようとしたジュール・ド・モット伯や、普段は未だに平賀才人を使い魔扱いしているゼロのルイズぐらいな物だろう。 ハルケギニアの平民として、貴族に対して畏敬の念を抱くべしと教えられて育って来たシエスタには、貴族であるタバサの意志を最優先に尊重しなければならないのだ。 そして、そんなシエスタと寸分違わぬ考え方を、タバサ達の目の前にいるシエスタの“記録”は出来るということだった。 『どうするよ、タバサ?』 「………お願い」 さして逡巡した様子もなく、タバサはシエスタの言葉を受け入れた。 『……いいのかよ?』 それはデルブリンガーが、未だに目の前のシエスタを疑っている為の問い掛けだった。 「いい」 『――わかった。アンタがそう言うなら、オレはもうなーんも言わねぇ』 「うん」 それっきり、デルブリンガーはタバサを信じて何も口を開かなかった。 タバサもまた目の前にいるシエスタの“記録”を信じてみることにしたのだ。 もし万が一、シエスタの言葉が自分を罠に掛ける為の物だったとしても、構わないとさえ思った。 トリステイン魔法学院に来てからの暮らしは、タバサにとって掛け替えの無いものだ。 そこでタバサは、愛すべき大勢の人達に出会った。 例えただの“記録”であっても、その中の一人であるシエスタのことを、タバサは疑いたくは無かった。 もう二度と、魔法学院の皆と敵味方に分かれて戦いたくなんて無かったのだ。 「それじゃあ、まずは……ポルナレフさん?ポルナレフさーん?」 『呼んだかい、シエスタ』 シエスタに呼ばれて返事をしたのは、ベッドの下から這い出して来た一匹の亀。 よく見れば、背中の窪みに豪奢な造りの鍵が埋め込まれている。 『おや、君達は……』 『こりゃおでれーた…亀が喋ってやがる……』 のそのそと歩いて来る亀の姿を見て、デルブリンガーが本気で感嘆した声を上げる。 『何を言うんだ、君だって剣なのに喋っているだろう。一瞬、アヌビス神かと思ったぞ』 『オレの世界じゃ喋る剣なんて珍しかねーんだよ。 アンタみたいに喋る亀の方がよっぽどレアもんだぜ?』 『いや、私は亀じゃない。私は――』 そこで声が途切れたと思ったら、亀の背中の鍵から半透明の影がせり出して来る。 影はやがて人間の男性の形を取って、タバサ達の前にはっきりとした姿を見せる。 歳の頃なら三十代半ばぐらいの、逞しい体躯をした男性だった。 深く刻まれた傷を隠すように、右の頬を半透明の面で覆っている。 「御紹介しますわ、ミス・タバサ。 こちらはポルナレフさん、この亀さんの中で暮らしている、ええと――」 『ジャン・ピエール・ポルナレフだ。まあ、この亀に憑く幽霊だと思ってくれて構わん』 説明に窮するシエスタに、ポルナレフと呼ばれた男はそんなフォローを入れる。 『始めまして。ミス・タバサ……と言ったかな、それにそこの喋る剣君』 『オレ様の名前はデルフリンガーだ。よーく覚えといてくれよな!』 『そうしよう。君達とは長い付き合いになるかもしれないからな。 それでシエスタ、私を呼んだのはこの二人を紹介する為かい?』 「いえ、ちょっと亀さんの中に用がありまして。入ってもいいですか?」 『なるほどな。わかった、好きにしてくれ』 「では、失礼します」 そう言いながら、シエスタはポルナレフと亀の方に近付いて行き、そして―― 「!」 『おおっ!?』 驚愕する一人と一本を余所に、シエスタは亀の背中の鍵に吸い込まれるように消えて行く。 『なっ、なんだぁ!?これで何度目かは忘れちまったが、オレ様またしてもおでれーたぞ!』 「………スタンド」 驚きの声を上げるデルブリンガーとは対照的に、驚きから醒めたタバサは冷静に指摘する。 『その通りだ、タバサ。この亀のスタンドは、自分の体内に生活空間を作り出すことが出来る能力だ。背中の鍵をこいつの甲羅にハメ込んでやると、 スタンドを発動するように訓練されているらしい……私がかつて“死んだ”時も、こいつのスタンドにしがみ付くことで、今もこうして生き続けているんだ。 と言っても、私もそうしたポルナレフという男の“記録”に過ぎないがな』 「……だから、幽霊?」 精神だけが亀の中で生き残っているということと、何処かの世界で実際に起きたことの“記録”。 ポルナレフは二重の意味で、自分のことを「幽霊」と言ったのだとタバサは今、気付いた。 『そうだ……私自身もスタンド使いだったが、ある戦いの中でそれはもう失われてしまった。 この世界の何処かには、DISCとして残ってるかもしれんが。そして、その時に生まれたのが――』 「――お待たせ致しました」 ポルナレフを押し退けるような形で、亀のスタンドの中からシエスタが戻って来る。 両手一杯に抱えているのは、大小二つの桶、その中には何枚かのタオルに、今タバサが着込んでいるのと全く同じデザインをしたトリステイン魔法学院の制服、そして正方形の箱らしき物体が乗せられている。 『お、シエスタ。……一体全体何なんだい、そりゃ?』 「本当でしたら、貴族の方々が使われている浴場の方まで御一緒するべきなのでしょうが、ここにはそのようなものはございませんので……仕方がありませんので、こちらでミス・タバサのお体を拭かせて頂くことに」 『って、ちょっと待ってくれよ。風呂が無いって、そりゃまたどーいうこった?』 この部屋を出て、学生用の浴場まで行けば良いだけの話では無いか。 そう言いたげなデルブリンガーの言葉を遮るように、シエスタは説明の為に言葉を続ける。 「この世界にあるトリステイン魔法学院の“記録”は、この部屋しかありません。 この部屋を一歩でも出てしまうと、すぐにでも別のダンジョンへと繋がって行ってしまうのです。 ここだけがミス・タバサ、あなたにとって安全な拠点として、この世界に用意された空間なのです」 よいしょ、と荷物を床に降ろしてから、シエスタは厳かな口調で言った。 『なるほどな……だから風呂にも入れねーってのか?』 「はい。そして私とポルナレフさんは、この部屋でミス・タバサの御力になるように命じられました。 それがこの世界での、私達の役目なんです」 それが自分達の「運命」なのだ、とでも言いたげにシエスタは答えた。 今、目の前にいる彼女は、姿も、口調も、何から何までシエスタそのものだった。 だが、今言ったその言葉だけで、目の前の彼女が“ハルケギニアのシエスタ”とは違う存在だと言うことを、はっきりと証明していた。 平民の身分でありながら――貴族であるあのゼロのルイズに立ち向かってまで、自分が恋した平賀才人に強い思いをぶつけ続けている、あのシエスタとは。 そして、目の前のシエスタ達にそうした役割を与えている存在。それこそが、恐らく―― 「レクイエム……」 『そうだ。だが、それが全てでは無い』 タバサの呟きにに答えたのは、亀のスタンドから顔を出しているポルナレフの方だった。 『レクイエムは確かに、この世界を形作っている存在の一つだ。だが、その先には――』 「さあ、お話はこれぐらいにしましょう」 再びポルナレフの言葉を遮って、シエスタはぱん、と手を合わせて軽い音を立てる。 「と、その前に。デルフさんはポルナレフさんと一緒に、亀さんの中に入って頂きます」 『なぬぅ?』 あまりにも予想外だったシエスタの言葉に、デルブリンガーは素っ頓狂な声を上げる。 『おいシエスタ、そりゃー一体どういう意味だ?』 「いいですか、デルフさん」 ずいっ、とシエスタはタバサの持つデルブリンガーの方に顔を近付けて、言葉を続ける。 「貴族の方の――いいえ、レディの方の湯浴みを覗き見るなんて、許されないことです。 ミス・タバサが身支度を終えられるまで、デルフさんには亀さんの中で待って頂きます」 『しかし、んなコト言われてもなぁ……オレ、剣だし』 「ダメですよ。レディが身繕いを終えられるまで待つのは、殿方のマナーではありませんか」 『ムムムム……』 シエスタにめっ、と叱られて、デルブリンガーは言葉に詰まった。 見上げれば、タバサも困ったような表情で二人のやりとりを見つめている。 『……わーった、わーったよ。待っててやるから、なるたけ早めに済ませてくれや』 「ありがとうございます、デルフさん」 観念した様子で、デルブリンガーはシエスタの言う通りにすることにした。 「では大変失礼ですがミス・タバサ、デルフさんを少しお借りいたします」 「うん」 タバサは手に持っていたデルブリンガーをシエスタに渡し、それを受け取ったシエスタは再び亀の中へと姿を消して行く。 待つことしばし。 デルブリンガーを中に置いて来たシエスタが、部屋に帰って来る。 「大変お待たせ致しました、ミス・タバサ。 僭越ながらこの私が、ミス・タバサの御召し換えを手伝わせて頂きますね」 「………水」 「はい?」 「水は、どうするの?」 シエスタは先程からしきりに「湯浴み」という言葉を使っていた。 だが部屋の中を見返してみても、この部屋に水を供給出来そうな手段は思い当たらない。 魔法の杖さえあったなら、自分が魔法を使って水を「練成」することも出来ただろう。 だが、それはこの世界に来る前に、ハルケギニアに置き忘れてしまっていた。 平民のシエスタでは無論「水」系統の魔法など使うことなど出来はしない。 ハルケギニアにおいては、魔法を自在に扱える能力こそが、「貴族」と呼ばれる為に必要な唯一絶対の条件であり、あの「ゼロのルイズ」がそんな二つ名で呼ばれて蔑まれて来たのも、今まで満足に魔法を使いこなせた時が無かった為なのだ。 しかしシエスタはそんなタバサの疑問に、大丈夫です、と答えて、桶の中に入れて来た荷物を選り分ける。そして最後に、桶の中から正方形の箱を取り出して、タバサにもはっきり見えるように脇へ抱える。 「私も――そして今のミス・タバサも、魔法を使うことは出来ません。ですが」 シエスタは無造作に箱を開ける。その中には、色とりどりのDISCが何枚も挟まっている。 「この「形兆のDISCケース」の中にあるDISCを使えば問題ありません。 ここに水を生み出すことも、それをお湯に変えることだって出来ますから」 そう言ってシエスタは、ケースから黄金色に輝く装備DISCを一枚取り出して、頭に差し込む。 「ウェザー・リポートのDISC!」 そのままシエスタが発動させたDISCの能力によって、大きな桶の中に収まる範囲にだけ水滴が落ち始め、やがて水滴は雨のように勢いを強めながら降り注いで行き、桶を満杯にした所で止まる。 「水」――いや、「天候」を自由に操るスタンドか。 タバサはシエスタが発動させたDISCの正体に思い当たっている間に、シエスタは二枚目の、今度は能力発動用のDISCを取り出して、桶一杯に敷き詰められた水の中へと放り込む。桶の中の水はジュッ、と燃えるような音を立てながら、 一瞬にしてその温度を高めてお湯へと変わっていた。 水が熱湯になるDISCが力を使い果たしてボロボロと崩れ落ちて行くのを全く気にせず、シエスタは小さい桶にお湯を移して温度を確かめ、これでよしと言う風にタバサの方を向きやる。 「さあ、準備が出来ましたわ、ミス・タバサ。こんな簡単なお風呂で申し訳ございませんが、お湯が冷めてしまう前にお召し物をお脱ぎくださいませ」 戦闘に使う以外にも、DISCにはこうした使い方がある。 タバサは「こちらの世界の」シエスタの生活の知恵に感心しながらも、彼女に促されるままに、まずは顔に掛かっている眼鏡を外した。 自分ではあまり気にしていなかった物の、確かに酷い壊れようだった。レンズに走るヒビのせいで視界が悪いな、ぐらいにしか思っていなかったが、これでは二度と使い物にならないだろう。 元の世界に帰るまで外すことになるかもしれないと思いつつも、タバサは手に持った壊れた眼鏡を部屋の隅のベッドの上に置く。 そして同じように外したマントを眼鏡の側に放り出し、上着のボタンに手を掛ける。 一つ、二つ、三つ……タバサはゆっくりとボタンを外していく。 その度に、タバサの白く滑らかな肌が露わになっていく。 折れそうなくらいに細く、まだ幼さを残している物の、その身体は胸元から下まで女性としての柔らかい曲線をくっきりと宿している。スカートを外せば、繊細で脆さすら感じる程なのに、 どこか肉感的にすら見える、メリハリの利いたラインを引く純白の肌に覆われた脚が伸びている。 それまで自分の身に纏っていた衣服を次々に外して行ったタバサは、最後に下半身を包み込んでいる下着に手を掛ける。 迷いの無い所作で、ゆっくりと素肌を晒して行く姿を目の前で見せられると、湯浴みを手伝うなどと言い出したシエスタの方が、逆に気恥ずかしくなる程だった。 「……これでいい?」 「あ――は、はい。ではミス・タバサ。少しの間、失礼致します」 一糸纏わぬ姿のタバサに声を掛けられ、その姿に思わず見惚れてしまっていた自分の意識を取り戻して、シエスタはまず小さな桶に掬ったお湯に浸しておいた一枚のタオルを取り出し、自分の血で濡れたままのタバサの顔を拭い上げる。 タオルに赤い染みを移すような形で、タバサの顔から汚れが落ちて行く。 しばらくする内に、汚れに塗れたタバサの顔はいつも通りの美しさを取り戻していた。 「……ふう、お待たせ致しました。ミス・タバサ、次はこちらへ」 そのまま続いてシエスタに誘導される形で、 タバサは大きな桶の中に張られている湯の中にゆっくりと身体を沈める。 「はあ……っ」 適度な温度に調節されたお湯の感触が心地良い。 まるで、母の胸に抱かれるような安心感すら覚える。 本来なら自分に与えられる筈だった毒薬を飲み干して、心を傷付けられる以前―― その頃のタバサの母は、いつでも自分を優しく抱き締めてくれた。 そんな懐かしい思い出を、お湯の中でタバサは夢を見るような心持ちで思い返していた。 「ミス・タバサの髪、お綺麗ですわ」 湯の中で思う存分温まったタバサの身体を拭い、彼女の身体が冷えないようにと部屋の隅に置いていたマント以外の新しい制服を着て貰ってから、シエスタはお湯を含めたタオルを タバサの髪に絡めて、じんわりと滲んでいた髪の油を丁寧な動作でゆっくりと抜き出そうとする。 「ザ・サンのDISC」 タバサの髪にたっぷり水分を含ませた後で、シエスタはDISCケースから新しいDISCを取り出し、部屋の中に熱を帯びた発光体を生み出す。 そして先程と同じようにして、今度は別の乾いたままのタオルをタバサの頭へと滑らせる。 熱量を抑えて発動させたザ・サンの光と合わせて、程なくしてタバサの髪から水分が離れていく。 先程から自分の頭を刺激するシエスタの柔らかい手の感触が、タバサには心地良い。 タバサがこの世界にやって来てから、これほどまでに安らぐことが出来たのはこれが初めてであり、それは他ならぬこのシエスタがいてくれるからだ。 人の優しさは、どんな時であろうと心に染み入る程の強さを持っている。 それが人間を「黄金の精神」に目覚めさせるきっかけになって行くのでは無いだろうか。 どんなに気高い精神を胸に秘めていようとも、人は一人ではそれを見失ってしまうのだ……。 忘れてはならないとタバサは思った。 このシエスタの優しさを。共に戦うDISCのスタンド達の力を。ハルケギニアの大切な人々の思い出を。 例えこの先、どれほど苛酷な試練が待ち受けていようとも、 それを忘れない限り、自分の精神は決して砕け散ったりはしないであろう。 「――これでよし、っと」 その言葉と共に、シエスタの手が既に乾ききったタバサの髪から離れる。 勿体無いな、とタバサは心の中で思ったが、いつまでもシエスタに迷惑を掛けるのも気が引けたので、そのことは口に出さないで代わりにシエスタがここまでやってくれたことに感謝の気持ちを声に出して、言う。 「……ありがとう、シエスタ」 「いいえ、とんでもございません。こちらこそ、きちんと御力になれたかもわかりませんのに」 「ううん、平気」 タバサは換えのマントを身に纏いながら、もう一度シエスタにありがとう、と言った。 「うふふ。ありがとうございます、ミス・タバサ。それじゃあ、後は――」 まずこれだ、とシエスタは宙に浮かんだままのザ・サンの発動効果を解消する。 発光体がフッと消え去り、次にシエスタは先程タバサが外した眼鏡に視線を送る。 「やはりこの眼鏡ですね……う~ん」 「……無いの?」 「これと全く同じ物は、生憎と……こういう眼鏡ならあるのですが」 困ったような表情でシエスタが取り出したのは、確かに眼鏡には間違いなかった。 だが、やけにゴテゴテと派手な装飾の施されたそれは、レンズによる視力の矯正以前の問題で、到底タバサに似合うとは思えない代物だった。 「これは?」 「ミス・ヴァリエールが御実家から送って頂いたという眼鏡なんですが… 何でも、これを掛けて特定の方以外の女性をいやらしい目で見るとその気持ちに反応してそれを知らせるという効果があるとか……」 「………いらない」 「ですよね……」 タバサに即答されて、シエスタは申し訳無さそうにその眼鏡を懐へと収めた。 「ではやはり修理をするしかありませんね……少し勿体無いんですが、この際仕方がありません」 シエスタは失礼致します、と断わりを入れてからタバサの壊れた眼鏡を手に取り、もう片方の手で更に新しいDISCを自分の頭に放り入れる。 「――クレイジー・ダイヤモンドのDISC!」 ドラァッ!! シエスタが発現させたDISCのスタンドが、タバサの眼鏡に向けて全速力で拳を叩き付ける。 その瞬間、タバサの眼鏡が動き出したと思いきや、物凄い勢いで壊れる前の形を取り戻して行く。 やがてタバサの眼鏡は、傷一つ無い新品同様の状態まで回復していた。 「………すごい」 「本来の使い方とは少し異なるのですが、このDISCにはこういう使い方もありまして。 ――さあミス・タバサ、どうぞこちらをお掛け下さいまし」 シエスタから渡された眼鏡を受け取って、タバサはそれを顔に掛ける。 いつも通りの眼鏡の硬質な感触が、タバサの顔に伝わって来る。 眼鏡の修理は完璧だった。 そして今、新しい制服を着込んだタバサは、すっかり普段と変わらぬ姿を取り戻していた。 「――次にミス・タバサが行かれる場所は、レクイエムの大迷宮と言う場所です」 亀の中で待っていたデルブリンガーを引っ張り上げ、タバサはシエスタとポルナレフから次に挑まなければならない試練について説明を受けていた。 『レクイエムの大迷宮は、先程まで君達が潜っていたダンジョンよりも更に深い。 ……エンヤ婆を更に上回るような危険な敵も次々と姿を現すだろう』 何か嫌なことを思い出した、とでも言いたげにポルナレフが渋い表情で口を開く。 「また、今まで以上に数多くの制限や、逆により沢山のDISCやアイテムが発見出来るでしょう。 今更私が仰るまでも無いことですが、これらの全てを知り尽くし、使いこなさなければ、レクイエムの大迷宮の最深部まで辿り着くことは出来ないと思われます」 「……………」 テーブルの上に出されたシエスタの手作りケーキを頬張りながら、タバサは二人の説明を聞く。 真面目な話を聞いてる時に不謹慎だとは思ったが、実に甘くて美味しいケーキだった。 以前、タバサも元の世界の彼女からケーキの作り方を習ったことがあったが、今でもここまで上手にケーキを焼くことは出来なかった。 ただそれでも、夜中にこっそり練習していたのがバレた後、食べてくれた色々な人が「美味しい」と言ってくれたことは、嬉しかった。それが噂で広まって、一時期の間、学院中でケーキ作りが流行り出すことになったのは、タバサにも予想外だったが。 『今度はオレもタバサに付いて行くぜ!アンタ達がダメだって言っても、オレは行くからな!』 「はい、それは問題ありません。デルフさんも、どうかミス・タバサのお力になってあげて下さい」 力を込めて語るデルブリンガーに、シエスタはそう言ってこくりと頷いた。 『――っと、そこで思い出したんだけどよ』 「何でしょうか?』 『さっき言ってたよな?オレの力が全部は発揮出来ねえって……今度こそキッチリ説明してもらうぜ』 大真面目なデルブリンガーとは対照的に、ああ、そんな話もあったね、とケーキを味わう方に神経を向けていたタバサは、今になってようやくその話を思い出したのであった。 「わかりました。 ……単刀直入に申し上げますと、デルフさんが御力を使う為に制限がかかる、と思って下さい」 『制限?』 「回数制限……と言えばいいんでしょうか。幾らデルフさんでも、何時でも何処でも好きに御力を使っていたら、すぐにクタクタになってしまうでしょう? その為にデルフさんの御力を回復させられるアイテムも、ちゃんと用意されてますから」 『は?そんなモンがあるのか?』 「はい。本当は特別なんですが、御説明の為に一つだけお渡ししておきますね」 シエスタが今度取り出したのは、一冊の本。 表紙の絵を良く見れば、あのゼロのルイズにそっくりな絵が描かれている。 タイトルは、「ゼロの使い魔 4巻」。 それは時折、彼女の使い魔である平賀才人を指して呼ばれる呼称でもあった。 『フム……何かと思ったら、そんなコトかい。 よっしゃ、それならオレっちを使う時の判断はタバサに任せるとすっか。よろしく頼むぜ、タバサ』 「わかった。でも、あなたを剣として使うのはきっと無理」 一度頷いてから、タバサはゼロの使い魔の本を懐にしまいながら言った。 体術の心得も多少はある物の、本来の自分の戦闘スタイルは やはり魔法の力を操るメイジの物。剣を用いての戦いは、そもそも想定したこと自体が稀である。 まして、伝承に語られる「ガンダールヴ」の再来と称される、 デルブリンガーの本来の持ち主の平賀才人のように彼を扱うなど、タバサには到底不可能だ。 それはもうタバサに与えられた「役割」の埒外の話とすら言える。 手にした人間の能力や、触れた武器の性能を瞬時に理解する能力を持ったデルブリンガーも、そのことは良くわかっていた。だからこそ、彼もさして気にした様子も無く、鷹揚な口調で告げる。 『わかってるって。だけどよ、いざと言う時にはオレも何とかやってみるぜ。 この世界に転がっているDISCってヤツ……もしかしたら、面白い使い方が出来るかもしれねえ』 「うん」 自身有り気に言うデルブリンガーの言葉を信じて、タバサはこくりと頷いた。 「――じゃあ、そろそろ」 頬に付いたケーキのクリームを拭いながら、タバサは立ち上がってシエスタ達に会釈する。 そろそろ、自分達は行かなくてはならない。ここで平穏な時間を過ごすのはもう終わりだ。 レクイエムの大迷宮。ここを通り抜けて、自分は元の世界に帰らなければならない。 「はい。……レクイエムの大迷宮へは、こちらから行くことが出来ます」 シエスタがそれまでタバサが食べていたケーキの皿を置いたテーブルを動かすと、その下には既に見慣れた下り階段があった。この先がレクイエムの大迷宮に至る道。 シエスタから貰ったベルトでデルブリンガーを脇へと指しながら、タバサは自分の中から久方ぶりに鋭角的な緊張感が芽生えて来るのを自覚していた。 「行ってきます」 『じゃーな!世話になったな、二人とも』 「お気をつけて、ミス・タバサ、デルフさん」 シエスタとポルナレフをその場に置いて、階段を下るタバサ達の姿が見えなくなっていく。 『……行ってしまったな』 「はい」 『止めなくても良かったのか?この部屋の中で永久に暮らすことも、不可能では無かったろう』 「それは――無理ですよ。 あの方だって、それが出来たのに、この世界から出る為に何度も頑張り続けていたのでしょう?」 『……奴の精神の行き着く所は邪悪に過ぎん。本当なら、ここに永遠に封じられるべきだったのだ』 「だけど、自分が望んだ未来を手に入れる為に、決して諦めずに「運命」に逆らい続けた……。 目指す方向こそ違うけれど、タバサさんにも、そうした強い「意志」の光がある」 『そうだな……人は決められた「運命」を乗り越える為に生きている。 その結果がどうなろうと、最後まで「運命」に立ち向かっていく「黄金の精神」を彼女も持っているのだな……かつて私が出会った、若者達のように。 「運命」とは「眠れる奴隷」だ。彼女は今、それを解き放ちに向かったと言うことか……』 シエスタとポルナレフ。この世界が生み出した“記録”達は、 再び覚悟の道を歩み出したタバサが去って行った方向を、いつまでも見続けていた。 「ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、光り輝く「黄金の風」へ――」 シエスタの呟きを聞く者は、この部屋の中にはもう誰もいなかった。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第3話 戻る
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タバサ スペック表 正式名称 タバサ 分類 機動戦用第二世代 用途 高機動戦闘兵器 所属 『資本企業』(オブジェクト製作元:ヤナギカゲ重工) 全長 160m 最高速度 880km/h 推進機関 静電気+四脚推進システム 装甲 1cm厚×1000層 主砲 下位安定式プラズマ砲×2 副砲 レールガン、コイルガン、レーザービーム砲 搭乗者 スバル=ドローレス その他 メインカラーリング:緑 解説 『資本企業』所属諜報機関『アルカナ』ランク7位『戦車』のエリートが搭乗する第二世代オブジェクト。 全体的なシルエットは巨大な球体の下に円形の静電気発生装置が存在し、球体左右からそれぞれ二本の脚を取り付けた姿である。 『正統王国』に存在するオブジェクト『ブライトホッパー』の戦闘データ、スペックを見た開発者の『逆側にも足を付ければ前後の高速移動が可能では』という単純な発想から生まれた機体。 そのため、一見すると足のある部分が『側面』のように見えるが実際は足のある部分の方が機体前部、あるいは機体後部である。 『ブライトホッパー』を真似ただけあってその機動力は折り紙付き。更に足を増設したことにより超高速で前進後退も自由自在、果ては同時に前後の足で地面を蹴ることによって『跳躍』すら出来る。 戦場をガゼルのように跳ね回ることが可能な本機であるが、脚のとりつけられた機体前後部分にはスペースの問題上、砲を積むことが出来ずその部分への攻撃は対処できないという弱点を抱えている。 コンセプト 超高速移動 特徴 巨大四脚で地面を蹴ることによる高速機動 弱点 機体前後からの攻撃に弱い
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~レクイエムの大迷宮 地下一階~ 『おでれーた。ホントにこいつぁ大迷宮って感じだぜ……』 腰のベルトに挿したデルフリンガーの感嘆の声に、タバサも無言で頷いて同意する。 この世界が生み出した“記録”によって再現されたトリステイン魔法学院の学生寮の床から、階段を下りたタバサとデルフリンガーを待ち受けていたのは、まさしくダンジョンであった。 薄暗く、見たことも無い構造物で作られた内壁。 今こうして立っているだけで、タバサの精神を押し潰してしまいそうな、息苦しい圧迫感すら感じる。 タバサが学生寮の部屋に辿り着く前に潜って来た行程など、ここに比べれば児戯に等しい。 そう思わせるだけの凄味が、この大迷宮の中から伝わって来るかのようだ。 『こいつぁマジで骨が折れそうだな……なあタバサ、これからどーするんだい』 「DISCを探す」 タバサは即答する。 各階層毎に様々なDISCやアイテムが落ちているのは、エンヤホテルまでの道程と変わらない。 そしてこのレクイエムの大迷宮には、今まで以上に数々のDISCや敵が待ち受けていると言う。 先程、タバサ達は学生寮の部屋でシエスタ達の“記録”からそう説明を受けたばかりだった。 ならば出来る限り、使えるDISCは回収しておかねばならない。 あのエンヤ婆との対決で、ほぼ全てのDISCを消耗してしまった自分は手数が足りない。 そんな焦りと不安も、今のタバサの中にはあった。 『あいよ。誰でも使える一回こっきりの魔法のDISC、ってワケだ。 もし元の世界に持って帰ったら、革命どころの騒ぎじゃねーな』 デルフリンガーが冗談めかして言った言葉には何も答えないまま、タバサは足を進める。 タバサ達がやって来た世界ハルケギニアは、「貴族」と呼ばれる人々が用いる魔法の力によって繁栄している世界だ。だからこそ魔法の力を扱うことの出来る貴族と平民では、「人間」としての扱いに天と地ほどの差がある。 無論、そうした貴族至上主義による社会制度に不満を抱いている者は決して少なくない。 だが平民による統治を掲げた革命が成功した試しは、ハルケギニアの歴史上 殆どと言って良いほど存在しない。何故ならば彼らは魔法という力を使うことが出来ないから。 魔法を持たぬ者の力など、それを持つ者達にとっては全く恐るるに足りぬ存在なのだ。 「平民」とは貴族に使役される者という意味では無い。 魔法の力を扱うことの出来ない「か弱い存在」を指して言う言葉なのだ。 そして魔法を扱える貴族は誰よりも優れた存在であり、だからこそ魔法の技術を研鑽し、より高い知性を以って力の弱い平民を守っていく必要がある。 そして、平民は自分達よりも優れた能力を持った貴族を敬わなければならない。 そういう考えで以って、ハルケギニアの人々は自分達の歴史を積み重ねて来た。 力を持つ者は、弱い者を守る為にその力を使わねばならない。 その理屈は、確かに正しいとタバサは思う。 だが、今のハルケギニアの人々は、あまりにもその考えに囚われ過ぎている。 そうした考え方は、魔法の力を行使出来る貴族特有の高邁な考え方ではあるまいか。 それだけで「貴族」が「平民」を支配する理由にはならない筈だと――今のタバサはそう考えていた。 貴族とは、魔法の力を扱えるという「能力」を持っているだけの、ただの人間に過ぎない。 魔法の使えない平民よりも、必ずしも貴族が高潔な人間であるという訳では無いのだ。 もし、貴族の誰もがその力の意味を自覚し、何よりもまず それを操る自らの精神を高めねばならないと言う考え方を得ているなら、 全ての貴族が誰よりも気高く、高潔であらんとする為の鍛錬を自らに課しているというなら―― 何故、自分の父は権力闘争の中で殺されたのだ? 娘である自分を守る為に、母が心に一生残らぬ傷を残すことになってしまったのは何故なのだ? 今そこにいる人間が持つ物、持たざる物は、全て「運命」が引き合わせた結果に過ぎない。 だが、それだけなのだ。 生きている人間の価値は、決して生まれ持った素質や能力だけで決定されるものではない。 人間は自分に与えられた「運命」を乗り越えなければならない。 例え歩むべき道がどれ程苛酷であろうとも、その先にある「正義の道」を目指して歩むことが、人間の「運命」なのだ。 魔法が使えないばかりに「平民」として蔑まされるべき平賀才人が、どれだけ気高い「誇り」を胸に抱いて自らの主人の側で戦い続けて来たのは何の為だ。 貴族として生まれながらも、満足に魔法を扱うことの出来ないゼロのルイズが、それでも決して挫けずに、遥かなる高みを目指して前へ進むことを止めなかったのは何故だ。 そんなルイズを口先ではからかいながらも、心の奥で常に彼女を心配し続け、 そしてまた伯父一族の手で両親を永遠に奪われたが為に、誰にも心を開くことを しなくなってしまったタバサにまで深い愛情を注ぎ続けてくれた親友キュルケの想いは何だと言うのだ。 この世界によって形作られただけの“記録”に過ぎないシエスタのが、 その優しさを自分に向けてくれたのは一体何だったのだ――。 彼らがその胸の内に抱いている、光り輝く「正義の心」に比べれば、ハルケギニアの人々が未だに己自身の存在意義として信じている「貴族」や「平民」と言った区別は、なんとちっぽけな物に過ぎないのだろう。 貴族の象徴とも言うべき魔法の力を行使する為の杖を失い、たった一人で この世界に放り出されたタバサには、それが良くわかる。 かつてタバサが抱いていた、一人で鍛え続けた魔法の力さえあれば、たとえ自分以外の全ての人間が敵であったとしても、それでも構わないという考えは――間違いだったのだ。 タバサがハルケギニアで出会った大切な人達だけでは無い、この世界で初めて出会って間も無かったと言うのに、自らの存在を犠牲にしてまでタバサの為に道を切り開いてくれたあのエコーズAct.3も、自分にそのことを教えてくれた。 そして一緒にこの世界まで飛ばされて来て、学生寮の部屋で自分の身を案じる 言葉を掛けてくれただけでなく、共に戦う為に今こうしてタバサの傍らにいてくれるデルフリンガー―― 自分の為に、これだけの想いを伝えてくれる人達がいる。 彼らから受け取った「心」こそが、自分の本当の「力」になるのだと言うことを、今のタバサははっきりと理解していた。 だから、一枚でも多く迷宮内に落ちているスタンドのDISCを探さねばならない。 今のタバサには一人で戦えるだけの力は無いのだから。 タバサが今、彼らの力を必要としているから。 ~レクイエムの大迷宮 地下二階~ 「……おかしい」 『うん?一体どうしたってんでい、タバサ』 「能力が……わからない」 デルフリンガーと共に大迷宮を探索して行く内に、既にタバサは何枚かのDISCを発見していた。 黄金色に輝く装備用DISC、紅に染まった射撃用DISC―― その中で、一つだけ発見した銀色の能力発動用DISCに対して、タバサは強い違和感を感じていた。 今までは、手に入れたDISCの正体やその発動効果は、漠然とであるが わかるようになっていた。だが、この銀色のDISCに限ってのみ、能力発動用の物ということ以外のことは、その能力が全く掴めなかったのだ。 そしてもう一つ、今まで見たことの無い、しかし“とてつもなくヤバイもの”であると感じさせるアイテムがあった。そのアイテムは辛うじて「発動用DISC」であると識別出来る銀色のDISCとは異なり、使い方や効果はおろか、どういうわけだかその姿形すら、手にしているはずのタバサにもハッキリとは理解出来ないのだ。 こんなことは初めてだ。 これらのアイテムを迂闊に使ってしまったら、それこそどんなことが起きるか予想も付かない。 拾ったタバサ自身も、発動用DISCや“ヤバイもの”を使うべきかどうか考えあぐねていた。 『わかんねえ、だと?』 「うん。……多分、この場所のせい」 曖昧な表現を用いてはいる物の、タバサは強い確信を以ってその言葉を口にしていた。 レクイエムの大迷宮には、今まで以上に大きな制約が掛かっている―― 先程、学生寮の部屋でシエスタから聞かされた話の中にそんな話があった。 恐らくこの銀色のDISCの能力が識別出来ないのも、そうした“制約”の一つなのだろう。 だが、一見些細とも思えるようなこの制約に、タバサはそれを仕込んだ“何者か”の強い悪意を感じ取っていた。まるで、そうとは知らずに遅効性の毒を飲まされて、長い時間を掛けてその身をジワジワと蝕まれ、自らの窮地を自覚した時には既に手遅れになっているかのような、そんな空恐ろしさすら感じるのだ。 この毒に飲み込まれぬように、注意を払い続けねばならない。 そんなタバサの内心を知って知らずか、デルフリンガーはフム、と頷いてから言葉を続ける。 『ちょっといいかい、タバサ』 「………何?」 『ちょっとオレにそのDISCを貸してくれねーかな。 いや、オレの体ん中に直接ソイツを差し込んでくれるだけでいーんだが』 「わかった」 タバサはデルフリンガーに言われた通りに、刃と一体の構造になっているデルフリンガーの鍔の部分に、正体のわからない銀色のDISCを差し込む。 『おー、こいつは……フムフム…なるほど、な』 そんなデルフリンガーの独り言を何度か聞く内に、もういいぞ、と言われて タバサはDISCをデルフリンガーの鍔からDISCを取り出した。 『わかったぜ、タバサ。 いやコイツの能力がってワケじゃねえが、そいつを識別するコトもやろうと思えば出来るな』 「……どういうこと?」 『前にも言ったかもしれねーが、オレっちの能力の中に「持ち主が触れてる武器の性能がわかる」って力があんだけどよ。その力がココに落ちてるDISCにも使えそうなんだな、コレが。 多分、そこにあるワケのわかんねーモンも、正体がわかるんじゃねーかと思うぜ』 タバサが手にしている“ヤバいもの”を指して、デルフリンガーが言う。 『まァお前さんが手に持ってるだけじゃわかんねーままだし、オレにDISCを差し込まれても同じだ。 ハッキリと意識して識別すっぜ!って思わねーと、まあ無理だね。それともう一つ』 そこで一旦区切ってから、今度は言葉の中に不敵な物を含めて、デルフリンガーが続ける。 『オレのもう一つの能力……受けた魔法を吸収するってヤツを応用すれば、DISCを 発動する時にそのパワーをギリギリまでアップさせられそうなんだわ。 ま、実際使う時はオマエさんの精神力も借りることになっちまうだろうが…… DISC一枚につき、一回こっきりの魔法の杖みてーな感じだな、こりゃ』 以前拾ったことのある「プロシュート兄貴のDISC」のような物か、とタバサは思った。 もっとも、あちらの場合はDISCを発動させた階層ならば永続的に効果があったものだが。 『オレっちの能力をいつ、どこで使うかってゆーその辺の判断は、タバサ、アンタに全部任せるぜ。 実際、制限云々を抜きにしても、マジでやるとしたら結構ホネが折れそうだしな』 タバサはこくりと頷いてから、デルフリンガーの言葉を胸の奥でもう一度反芻する。 識別と能力発動の強化、この二つの能力をタバサの任意に―― 使用制限が掛けられているとは言え、複数回に渡って行使出来るというのは、確かに心強い話だ。 だがそれには、デルフリンガー側の力の限界で回数制限がある。 ならば、彼自身が言う通りに、その力を借りるタイミングは慎重に決めなくてはならない。 そして今、タバサの目の前にあるのは全く正体のわからない“ヤバイもの”と、 それでも何とか発動用と言うことだけはわかっている銀色のDISC。 少しの間逡巡してから、タバサは決断する。 「これを識別して」 手に持った“ヤバイもの”を近付けるようにして、タバサはデルフリンガーに告げる。 『あいよ。んで、そっちのDISCは結局どうするよ?』 「使ってみる」 迷わずにタバサは言った。幸い、現在タバサ達がいる部屋には特に敵の姿は見受けられない。 ならばDISCの能力を発動させることで、その正体がわかるかもしれない。 その結果として大きなデメリットが生じるかもしれないが、敵のいないこの部屋の中ならば、少しはその危険も抑え込めるだろう。 この大迷宮の中では、いつ、どこで、何が必要になるかわからない。 出来る限り消耗は最小限に抑えなくてはならない。 その為に、今ここであまりデルフリンガーを消耗させる訳にはいかないのだ。 タバサは冷静にそう判断して、決断を下した。少なくともタバサ自身はそのつもりだった。 その中に「自分の一方的な意志でデルフリンガーに無茶をさせたくない」という気持ちが含まれていることに、彼女自身は気付くことすら無かったが。 『そんじゃ、いっちょやってみるとすっか。 ……ムムムム、迷宮に封じられし秘宝よ、今こそ自らを覆う神秘の影を拭い、その姿を現し給え…』 これから識別する“ヤバいもの”に向けて、わけのわからない呪文を唱えるデルフリンガー。 勿論、こんな言葉には何の意味も無い。ただのジョークか、もしくは精神統一の為の暗示に過ぎない。 デルフリンガーの性格を考えれば、間違いなく前者であろう。 そのことがわかっているので、タバサは何も言わずにその言葉を聞き流す。 『――タバサ』 「何?」 重苦しい口調でタバサの名を呼ぶデルフリンガーに、タバサはいつものように小さな声で問い返す。 『ちっとはツッコミを入れてくれよ……それがボケに対する礼儀ってヤツだぜ?』 「早くして」 『………へい』 タバサの冷たい一言に突き刺されて、デルフリンガーはがくりと気を落としたように答える。 そして、そうこうする内に“ヤバいもの”がほんの僅かに光ったと思った瞬間、タバサは次第にそのアイテムの姿形を正確に把握出来るようになって行く。 デルフリンガーの識別が、成功したのだ。 『フゥッ――終わったぜ、タバサ』 疲れた、とでも言うように、先程よりは少し気だるげな口調のデルフリンガーの言葉を受けてタバサが視線を片手の中の“ヤバいもの”に落とすと、既にはっきりと本当の形を彼女に見せていた。 「………紙?」 『おう。そいつは「エニグマの紙」っつってな。 これまた多少の制限はあるみてーだが、中に持ってる道具をしまい込めるらしいぜ』 「わかった」 折角だから試してみようと、タバサは拾った装備DISCの何枚かをエニグマの紙に近付ける。 すると―― 「!」 『な?オレの言った通りだろ』 不敵に笑うデルフリンガーの前で、タバサの手の中のDISCがエニグマの紙に吸い込まれて行く。 確かに、彼の言った通りの効果があった。 これは便利だ、とタバサはエニグマの紙の能力に心の底から感動を覚える。 だが、それは同時に、直接このエニグマの紙に何かがあれば、一度に大量のアイテムを失うことにもなりかねない危険性も含まれていると言うことである。 油断は出来ない。油断とは心の隙であり、その弱さを見せたら必ずそこを突かれてしまうものだから。 DISCを収めたエニグマの紙を懐に収めながら、タバサはこの大迷宮の中には決して「安心」などと言う言葉が無いことを、再び自らに言い聞かせることにした。 「……それじゃあ」 エニグマの紙と入れ替えにするような形で、タバサは銀色の発動用DISCを構える。 「使う」 『おう。気をつけろよ、タバサ』 「わかってる」 そう答えて、手に握り締めたDISCの正体を探るべく、タバサはそれを自分の頭の中に放り込んだ。 この銀色に輝くDISCは、何処か遠い世界で生きて来た人達の記憶を形にしたもの。 スタンドのDISCを装備する時に感じる、個々のスタンドが持つ「力の色」とはまた違う感覚。 発動までの一瞬に、元の持ち主がそれまで刻んで来た“記憶”がタバサの頭に流れ込んで来る。 彼らスタンド使いの扱うスタンドとは、使い手の精神をそのまま形に表わした鏡であり、タバサ達ハルケギニアのメイジにとっては密接不可分な、主人と使い魔の主従関係とはまた異なる存在である。 例えて言うならば、そう―― あの快活で可愛らしかったシャルロットと、今の自分の関係が近いのかもしれない。 ガリア王国の王家一族に生まれ、両親からたっぷりと愛情を受けて育った王女シャルロットは、母の精神が壊れてしまったあの時に、母と共に死んだのだ。少なくとも、今までタバサはそう思っていた。 だがそれでも、かつて自分が贈った“タバサと言う名の人形”を自分の娘だと信じ込んで、一人で守り続けているあの女性を、自分は母として守っていかねばならないとも感じている。 いつかシャルロットから全てを奪い去った者達に復讐を遂げ、母の心を取り戻せるその日まで、自分の感情など何もかもかなぐり捨ててでも生きていこうとした果てに、今のタバサがここにいる。 しかし、憎むべき者達に復讐を誓う為にタバサとして過ごして来た時間の中で、彼女は沢山の大切な人達に出会ってしまった。彼らと過ごした楽しい時間がタバサにはあった。 それは、どれだけ幸せな記憶であろうとも、あのシャルロットが決して持っていないものであり、今のタバサにとっては何よりも換え難い「誇り」なのだ。 母に愛されるべきシャルロットの名前を、自分が母に贈った人形と交換することで、母を守る人形としての役割を選んだタバサという少女が積み重ねて来た記憶は、もう悲しいだけのものでは無い。 彼女がタバサとして生きることを決めた時の、辛くて悲しい記憶しか目の前に待ち受けていなくても、母を守る為ならそれでも構わないと言う「覚悟」は、あの愛すべき人達の優しさによって覆されてしまったのだから。 シャルロットとしての過去。タバサとしての現在。 まるで二つの異なる人格が、ひとつの体の中に同時に存在しているようにも思える。 だが、それは違うのだ。 シャルロットが人を愛するということを、そしてその為の「覚悟」を、他ならぬ母からその身を賭して教えられたからこそ、今のタバサはどんなに苦しくても戦い続けることが出来るのだ。 シャルロットとタバサは今でも繋がっていて、決して切り離せるものでは無い。 「彼女」は違う誰かになってしまったのでは無いのだ。 過去は、殺せない。 そして今、ここで誰かの記憶が「DISC」として残されていること、それ自体には何も意味は無いのだ。 記憶は次々に積み重ねられて、いつだってその姿を変えて行くものだから。 例え去って行ってしまった者達がいたとしても、彼らが目指そうとした「意志」は、生きている者達の手によって受け継がれ、先へと進めていく為の確かな「力」となるのだから。 人間の記憶とは、このDISCのように「形」として残されたままのものでは無いのだから―― DISCから記憶を引き出し、自分の力とするというのは、即ちそういうことでは無いかとタバサは思う。 過ぎ去っていった者達の記憶に触れることで、生きている自分が現在を歩んでいく為に必要とする力。 何処かの世界の誰かから力を分けて貰う為に、今、DISCの記憶をタバサは全身を通して感じていた。 見覚えのある風景。タバサも良く知っている場所。トリステイン魔法学院だ。 ああ、この記憶の持ち主は、私の知っている人。 タバサはより深く意識をDISCに刻まれた記憶に同調させる。 ――私は「ゼロ」なんかじゃない! 悲痛な叫びが聞こえる。誰よりも誇り高くあらんとしながらも、その誇りを奪われた者の叫び。 当たり前のことを、当たり前に出来る者達に対する嫉妬と羨望。自分にはそれが出来ないという焦り。 厳格で、それ故に常に自省と研鑽忘れぬ父と母、そして一番上の姉に対する畏怖と尊敬。 自らもまた弱さを抱く故に、常に自分を優しく抱き締めてくれるもう一人の姉への思慕。 生まれながらに重い使命を背負った最愛の友人に対して、その身を深く案じる深い友情。 かつて憧れていたはずの人が、己自身の野心の為に邪悪へと染まってしまった時の悲しさ。 そして、自身が召喚した使い魔を初めて目にした時の失望と―― その使い魔へと自分が惹かれて行くことへの、心地良さと戸惑いの同居。 彼自身に対する侮蔑の気持ちが、尊敬と信頼に満ちたものへと変わって行くのがわかる。 彼が他の女性に惹かれる姿を見た時の、狂おしいまでの渇きと怒り、不安、虚無感。 その人の記憶に、タバサは確かに覚えがあった。 誰にも認められることなく、しかしそれでも、決して諦めずに己の道を精一杯に歩き続ける人。 厳しさの裏に、人に対する深い優しさを胸に秘めている彼女のことを、タバサは知っている。 同じ魔法学院に通う同級生として、お互いに少しずつ打ち解け始めているクラスメイト。 ハルケギニアで離れ離れになってしまって以来の、タバサの友人の一人である、彼女の名は―― 『サイトの……ばかぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!』 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 どんな魔法を唱えても爆発しか起こせない彼女の、またの名を「ゼロのルイズ」。 彼女の記憶を形にしたDISCの発動による大爆発に呑み込まれながら、 タバサはクラスメイトの一人である彼女の名前を懐かしく思い返していた。 「………けほっ」 タバサの吐く息から、黒い煙のような物さえ立ち上っているように見える。 折角シエスタが身繕いを手伝ってくれたと言うのに、これでまた自分の服はボロボロだ。 今度会ったら謝らなくてはいけないな、とタバサはまるで人事のようにそんなことを考えていた。 『ンゲハッ!ゲホゲホッ!い、いっきなし爆発するなんて、まったくオレ様ホンキでおでれーたぞ!?』 「……両方、やっておけば良かった」 タバサはいつも通りに感情の感じ取れない声で、そう呟いた。 発動と同時に爆発を起こすDISC、それが「ルイズのDISC」の能力だったのだ。 『ウーム。しょっぱなからこんなんじゃあ、こりゃもう拾ったDISCを 片っ端から調べてった方がいいかもしんねーなぁ』 冗談めかしているが、デルフリンガーが心の中では本気でそう考えているのは明白だった。 出来るならばタバサだってそうしたい。だが、その為に必要なデルフリンガーの力にも限度はある。 学生寮の部屋でシエスタから貰った「ゼロの使い魔」と銘打たれた本で、デルフリンガーの力を回復出来るというが、この先の探索でそれが見つかると言う保証は無い。 このレクイエムの大迷宮の攻略において、デルフリンガーの持つ能力は貴重だ。 出し惜しみをしたまま力尽きてしまっては本末転倒だが、かと言って無駄な浪費もまた愚の骨頂である。 だからタバサは、考えていたことを素直にデルフリンガーに言うことにした。 「そうかもしれない……でも、それは無理」 『だよなぁ……あーあ、どっかにオレの力を使わなくても識別が出来るDISCとか無いもんかねぇ』 「……あると思う。多分」 『お、自信がありそうだな。何か根拠でもあるのかよ?』 「ただの、勘」 『ありゃま。勘ねぇ…期待して損した、って言いたいトコだが、マジでありそうなのが微妙にムカつくぜ』 「どうして?」 『そりゃ当然!オレ様のアイデンティティーの一つが失われちまうからだよ。 DISCだのアイテムだのを識別すんのはオレ様だけの特権!こんなカンジじゃねーとな』 「……でも、あなたが疲れる」 『そこなんだよなぁ。ま、どっちにしろこの世界から抜け出せりゃあ、何だろうと構いやしねーか』 「うん」 『それじゃ、とっとと次へと行くとしようかい』 デルフリンガーの言葉に頷いて、タバサは前に向かって一歩を踏み出した。 だが、その瞬間、カチリという音と共に、階層全体に届くかのような大きな声が響き渡る。 「あ」 『タバサはここよッ!ここにいるわよォーーーーーッ!!』 今いる階層にいる全ての敵に、タバサの現在位置を知らせてしまう「エンプレスの罠」が発動する。 この罠のせいで、間も無くこの階層の全ての敵がタバサに向けて殺到することになるだろう。 『……おい、タバサ。ひょっとして、これってスゲーピンチなんじゃねーのか?』 「うん。……これから、ピンチになる」 言葉の内容とは裏腹に、冷静な顔でタバサは答える。こうなってしまった以上は焦っても仕方が無い。 タバサはこれから姿を現すであろう敵を、一つ一つ叩いて先に進んで行かねばならないのだから。 『――お!』 「ううう…何故か知らねェが、妙にノドが渇くぜェ……なあぁ~…?」 『ちぃッ、早速お出ましかよ!?――タバサ!』 デルフリンガーの声に振り返って見れば、通路の奥から 小汚い浮浪者と言う風体の男が近付いて来る。だが、目の前の男は“ある力”によって、人ならざる吸血鬼に――ハルケギニアのそれよりも、遥かに凶暴な怪物としてその身を変えている。 タバサは一気に距離を詰めるべく、小汚い浮浪者に向けて一気に駆け出して行く。 「あったかい血ィィィ~……ベロベロ飲みたいィィィ~~~!!」 そういえば、と走る中でタバサはふとハルケギニアからこの世界に来る直前のことを思い出していた。 未知の古代遺跡の探索の途中で、ルイズやキュルケ達と共に遺跡を守護するガーディアン達と戦い、それっきりデルフリンガー以外の面々とは離れ離れになったままだ。 皆は今、一体何をやっているのだろう。 ひょっとしたら今でもあの遺跡で戦い続けているのかもしれない。 相棒のデルフリンガーをこちらに持って来てしまったが、彼の相棒の平賀才人は大丈夫だろうか? 魔法を唱えれば全て大爆発を起こしてしまうルイズは、ちゃんと無事でいるだろうか。 今までまともに魔法が使えなかったルイズが、今までどんな想いをして戦って来たのか―― タバサには今、彼女の気持ちが少しだけわかったような気がしていた。 「あなたも、頑張って――ルイズ」 タバサは口の中で、今は離れ離れになってしまった友人に向けてそう呟く。 「――ザ・ハンドっ!!」 そしてタバサは装備用DISCのスタンドを開放し、目の前の敵に向けてその力を目一杯に叩き込んだ。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第4話 戻る
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ユカリベ唯さん製作のRPG レディパールに登場する タバサさん。唯さんのホームページはココ↓ 万泊後宴
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誓いの儀による最大パワーアップ後 HP:6332 攻撃力:2224 魔法力:3736 速度:561 【キャラクター】 属性:火属性 レアリティ:☆☆☆☆☆(悶絶レア) 入手手段:常設プレミアムガチャより、一定確率で排出(2017/10/9~)【ガチャ寸劇】 種族:クトゥグア CV:橋本 ちなみ 呼び方:【自称】私 【魔王】魔王様 【その他】ミル(ミル) 限定版:夏祭り タバサ(18年7月おまつり満喫!限定ガチャ) 公式モン娘紹介: 『生ける炎』と呼ばれる、クトゥグア族のモン娘。全身が火炎で形作られている。 その名の現す通り生きている炎のモン娘であり、人型に見えるのも火炎で模倣しているに過ぎなく、炎そのものである存在。 感情と火炎の温度が連動している彼女は、誰かを強く想う程に激しく燃え上がるのだとか…!? 関連イベント: スペシャルクエスト 「宇宙魔界大騒動!」…銀河魔界帝国に対抗するレジスタンスのメンバー。ココナやパイロット シェパナが帝国に追われているのを助けたことをきっかけに、一緒に活動するようになったとのこと。ナシュワとルゥルゥに絡まれた大魔王一行を助けたことが縁となり、共闘して銀河帝国に立ち向かう。寸劇内でお試しおさわりタイムが設けられていたりするなど、実質このイベントのメインヒロインといっていい扱い。 「フェニックス降臨!」…遺跡魔界を訪れていたところで、カトレアの羽根探しをしている大魔王一行とばったり。同じ火炎のモン娘同士とあってタバサの炎を試してみるカトレアだったが、他人に触ってもらえたことに感激したタバサが文字通り爆熱ヒートアップ。カトレアはあえなくギブアップ。 「モン娘クリスマス2017」…クリスマスパーティで七面鳥を焼く係に。 「魔界わっしょい音頭祭」…(→夏祭り タバサ) 【スキル】 ☆5 スロット スキル名 スキル効果と最短リキャスト L 生ける炎 火属性モン娘の魔法力が増加(大)、土・水属性のダメージを軽減(中) -- S1 フォーマルハウトの紅炎 敵全体に防御力無視の火属性/魔法攻撃(大+)を与える 8 S2 灼熱の抱擁 敵全体に火属性/魔法攻撃(大)を与え、しばらくの間、味方モン娘の攻撃力減少と魔法力減少を無効にする 9 S3 燻り狂う渇望心 現HPの10%と引き換えに、味方の攻撃力を上昇(特大)させ、敵全体の攻撃力を減少(大)させる 10 ☆6 スロット スキル名 スキル効果と最短リキャスト L 生ける炎 火属性モン娘の魔法力が増加(大)、土・水属性のダメージを軽減(中) -- S1 フォーマルハウトの降臨 敵全体に防御力無視の火属性/魔法攻撃(特大)を与える 8 S2 灼熱の抱擁 敵全体に火属性/魔法攻撃(大)を与え、しばらくの間、味方モン娘の攻撃力減少と魔法力減少を無効にする 9 S3 燻り狂う渇望心 現HPの10%と引き換えに、味方の攻撃力を上昇(特大)させ、敵全体の攻撃力を減少(大)させる 10 ☆6 誓いの儀でパワーアップ後 スロット スキル名 スキル効果と最短リキャスト L 生ける炎 火属性モン娘の魔法力が増加(大)、土・水属性のダメージを軽減(中) -- S1 フォーマルハウトの降臨 敵全体に防御力無視の火属性/魔法攻撃(特大)を与える 8 S2 灼熱の抱擁 敵全体に火属性/魔法攻撃(大)を与え、しばらくの間、味方モン娘の攻撃力減少と魔法力減少を無効にする 9 S3 燻り狂う渇望心+ 現HPの10%と引き換えに、しばらくの間味方の攻撃力を上昇(特大)させ、敵全体の攻撃力を減少(大)させる 10 【寸評】 火属性魔法タイプ。スキルの威力はいずれも高いがその分リキャストは若干重く、重戦車タイプ寄りといったところ。 s1は防御無視、特大威力の全体攻撃。メインウェポン。 s2は全体大威力攻撃に加え、味方の攻撃低下と魔力低下を防ぐ。使いどころはえらぶがうまく敵の動きを読めれば強力。 s3はHP10%の自傷ダメージと引き換えに、全体攻撃デバフと味方に特大攻撃上昇を付与する。 味方の物理スキルや複数攻撃バフなどと合わせて使えば相当強力。通常攻撃だけでも意外とばかにならない威力が出る。 スキルの効果はいずれも強力だが、リキャストの重さと、複数の効果が付属するためにオートで暴発して弾切れになりやすいことから、 マニュアル操作向けのキャラ。使いどころをしっかり見極めれば非常に頼もしい火力・サポート要員となるだろう。 立ち絵: 関連: ミル(友達) ラザニア(ガチャで同時リリース) 【コメントフォーム】 表情はクールだが、まあ情熱的である。大騒動!のときのヒロインっぷりに心打たれた人も多いだろう。タバサのために火属性耐性を鍛え、「耐性まで鍛えられるのか」と話題になったのは有名な話。 -- 名無しさん (2019-03-24 03 49 31) ところで誓いの儀に使う指輪は魔王様の魔力が通っているらしく、ちゃーんと耐えられる。さすが魔王様だぜ! -- 名無しさん (2019-03-28 23 34 05) ほんとに余談だけど、お船の方によーく似た娘がいて一時期ダブって見えたことも。どちらも守ってやりたくなるところは変わらないな。 -- 名無しさん (2019-04-14 02 09 53) 名前 コメント
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タバサ プロフィール 代表優勝キャラ1 第500回頃優勝していたプレイヤー。 優勝回数は少ないが強キャラを叩き出す腕を持ってるようだ。
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前ページ次ページゼロの使い魔外伝‐災いのタバサ‐ 夜、タバサはルイズの部屋に来ていた。 正確にはキュルケに無理矢理連れて来られたのだが。 部屋には他に住人であるルイズと、その使い魔もいる。 部屋の中央で、ルイズ達は剣について言い争いをしている。 そんな彼らから離れ、タバサはベッドに座り今日購入した本を広げていた。 ―― モスラヤ モスラ ドゥンガン カサクヤン インドゥムゥ ルスト ウィラードア ハンバ ハンバムヤン ランダ バンウンラダン トゥンジュカンラー カサクヤーンム ―― ふと、本から目を離すと、二人が杖に手をかけているのが見えた。 「言ってくれるわね、ヴァリエール」 「なによ、本当のことでしょ?」 タバサはすぐに杖を素早く振るった。 こんな場所であの爆発魔法を使えば危険である。 つむじ風が舞い上がり、キュルケとルイズの手から杖を吹き飛ばす。 「室内」 杖を飛ばされ、こちらへ視線を向けた二人に一言呟く。 「なによあんた。さっきからいるけど」 「あたしの友達のタバサよ」 「何であんたの友達が……タバサ?あのうるさい鳥の飼い主の?」 ルイズが忌々しげに呟く。 それを聞くと、タバサは本に向けようとしてい視線をルイズへ向け、睨みつける。 「鳥じゃない。みんな私の友達」 「何でもいいけど静かにさせなさい。こっちは夜中にあいつらが騒ぐせいで睡眠不足なのよ」 「それは無理。あの子達は夜行性。だから夜に活動する」 「うるさいうるさいうるさい!とにかく黙らせるなり逃がすなり殺すなりしなさいよ!」 ルイズはタバサの言葉に思わず叫んだ。 それを聞いた瞬間、タバサは勢いよく立ち上がり、ルイズに自分の身長よりも長い杖を向けた。 タバサの瞳の色は、氷のような青からギャオス達と同じような赤い色に染まっていた。 その様子に脅えながらも、ルイズは強がりながら尋ねる。 「な、何よ?言いたいことがあるなら言いなさいよ」 タバサは一言言い放つ。 「あなたに決闘を申し込む」 その様子を見て、才人は嫌な予感がしてきた。 「もちろん、使い魔同士で」 嫌な予感は的中してしまった。 タバサの言葉を聞くと、才人は慌ててルイズを説得し始めた。 「ルイズやめてくれ!俺がギャオスに勝てるわけないだろ!」 才人はギャオスの恐ろしさを知っている。 元の世界で何回か映画を見ているからだ。 「タバサもやめなさいよ。いくらゼロのルイズの使い魔でも、殺したらダ……」 キュルケも説得を試みるが、タバサに睨みつけられ何も言えなくなった。 そんな二人の様子を見ても、ルイズは頷いた。 「望むところよ。誰が逃げるもんですか!」 本心は逃げたい。自身などあるわけがない。 でも、こんな小さい子供?に決闘を挑まれては引き下がれない。 ルイズの返事を聞くと、タバサはすぐに窓を駆け寄り、口笛を吹いた。 口笛が辺りに響き、窓の外が一瞬で漆黒に染まり、叫びが聞こえてくる。 「この子達の力、見せてあげる」 前ページ次ページゼロの使い魔外伝‐災いのタバサ‐
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「うきゅーボン!」 ドラクエにおけるタバサ 主人公と妻の間に生まれる双子の娘でグランバニア王女。 SFC版はワンレンでリボンなし、リメイク版はおかっぱにリボンという髪型の少女。 母親により髪色は異なる。 家族の中で唯一短髪である。 主人公が行方不明になった数年後、サンチョや男の子と共に主人公たちを捜す旅に出る。 その旅で石化していた主人公をストロスの杖で救い出した後パーティーに加わる。 年齢は男の子と同じ8-10歳。 男の子を普段は「お兄ちゃん」と呼ぶが、文句を言う時などは名前で呼ぶ。 またお兄ちゃん子(ブラコン)の様相を強くうかがわせ、結婚するとまで発言している。 天空城が上がった際のセリフから高所恐怖症だと思われる。 性格は甘えん坊なところもあるが、ちょっとだけ大人びたところもあるおませな少女。兄とは対照的に冒険はやや苦手で泣くことも多少あるが、父や兄の力になりたい一心で冒険を続ける健気なところもある。お酒の匂いや酔っている人が嫌いで、詩人に惚れる傾向があり「お父さんの声もステキだけど、詩人さんには負けるかな」と言い、詩人であれば酔っていてもあまり嫌悪しない。 兄と同じ天空の勇者の子孫だが、天空の武具を装備したり勇者と呼ばれることはなく、兄の「勇者」としての大きな責務を自分がともに背負うことができればという実直な優しさを持つ。 その一方で専用武具を持っていたりチヤホヤされる兄をうらやむ一幕も。 いとこおばであるドリスと仲が良く、逆にいたずら好きでワガママなラインハットのコリンズ王子とは馬が合わない様子。 リメイク版では動物や魔物、幽霊などの気持ちがわかるなど祖母マーサや父の能力を強く受け継いでいるが、魔物の邪心を払えるまでには至っていないらしい。 主人公が石化されている事も「小鳥さんに聞いた」と言い、その対策としてストロスの杖を用意したという。また敵である魔物も「魔物さん」と呼び、「魔物さん大好き。だから戦うのはちょっとつらいの…」と言うが、その一方で魔物が脅威である世界の状況を強く認識し、戦いをためらう事はない。 邪悪な存在や場所の発する悪意の波動を感じて怯えることや、頭痛を起こすもある。 武器はムチ類を得意とするが杖や剣も装備できる。ちからが低く打撃攻撃は父や兄には負けるが母には勝る(デボラを除く)。防具はドレスやローブなどを装備できる。重い物は装備できない。 ある王冠を入手後「重いの頭に乗せてると、大きくなれないからいらない」と言う。母親たちが装備不可な水鏡(みかがみ)の盾も装備できる。 また、ビアンカ以外の人物で唯一ビアンカのリボンも装備できる(母親がビアンカの場合はもちろん、フローラやデボラでも装備できる)。 ちからの伸びは悪いがそれ以外の能力値はかなり高く、父や兄にひけを取らない。 イオ系・ヒャド系の全体攻撃呪文とドラゴラムを覚えるほか、バイキルト・マホカンタなどの補助呪文やフィールド呪文ルーラ・リレミト・ラナルータを覚える。 補助呪文は母親たちとかぶっているものもある。 『モンスターバトルロードII』では男の子と共にプレイヤーの分身として使用可能。 まさクエにおけるタバサ レックスと違って、しっかり者である。 しかし、泣き出す事もある(まさクエが始まる前の頃) まさクエが始まる前は、ムーンブラック団に呪いをかけられ、リスにされた事がある。 ゴリスマにおけるタバサ リアル告からお小遣いをもらっている。 リアルうたとは犬猿の仲。
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~水の都 1F~ 「う………」 一体何が起きたのか。意識を取り戻したタバサは、起き上がって現在の状況を確認する。 取り立てて、体に異常は無い。手足もちゃんと動くし、目も耳も聞こえる。 どうやら死んではいないらしい。ここが天国だとか死後の世界だと言うなら話は別だが。 しかし、それ以上に大きな問題があった。 「ここは……」 一体何処なんだろう?見たことも無い場所だった。 先程までタバサがいた石造りの遺跡とは全く違う。 少々薄暗い物の、それでも建物が整然と立ち並び、縦横無尽に水路が走っている様は、どうやら人間の暮らす街のようだ。 しかし最も違和感を覚えたのは、肝心な人間の気配が全く感じられないという事だった。 あの遺跡の扉の先が、今のこの場所に繋がっていたのは間違い無い。 だが、辺りを見回してもあの扉はまるで見つからない。 まるで最初から存在していないかのようだった。 ――となれば、考えられることは一つしか無い。 ここは、異世界なのだ。 あのゼロのルイズの使い魔が、ハルケギニアとは違う「チキュウ」とか言う世界からやって来たらしいと言うのは、既にトリステイン魔法学院の誰もが知っていることだ。 そして誰もがそのことを半信半疑に思っていたのだが、既に何度か―― あの「竜の羽衣」を始めとして、本当に才人が異世界の人間であることを示すような出来事も起こっており、タバサも異世界の実在を認めても良いだろうと考えていた。 だが、実際に自分が異世界を訪れる羽目になるとは思わなかった。 ここから元のハルケギニアに帰る方法が、果たして本当にあるのだろうか。 今のタバサには皆目検討も付かない。 「…………また」 また、一人ぼっちになってしまった。 そして孤独な自分が唯一頼るべき魔法の杖も、あの遺跡に置き去りにしたまま無くしてしまった。 今まで生きて行く為に振るって来た魔法も、杖が無くては唱えることすら出来ない。 「―――……っ」 不安と孤独、そして絶望が、タバサの胸に去来する。 見ず知らずの世界に、戦う力も奪われて、たった一人取り残されてしまった。 こんな気持ちになったのは、自分や両親の存在を疎んだ伯父の手によって、家族を失った時以来だろうか。あの時以来、タバサは伯父の一族に対して復讐を誓った。 伯父が自分を抹殺する為に、苛酷な任務を度々与え続けた時も、タバサはそれを乗り越える為に、戦って、戦って、戦い抜いた。 いつか復讐を遂げるその日まで、誰にも負けないように魔法の力を高め続けて来た。 それが今までタバサがハルケギニアで過ごして来た15年間の全てだった。 だがタバサは今、全てを失ってしまった。 一体今の自分に、何が出来ると言うのだろう。魔法一つ満足に使えない、無力なこの自分に? 平賀才人がルイズに召喚された時も、こんな気持ちになったのだろうかと、タバサは改めて思う。 自分にはもう、何も残されていない。そう、この世界にやって来た時から―― 「あ」 思い出した。タバサの他にも、一緒にこの世界へと飛ばされて来たであろう相手が一人いたでは無いか。いや、一人では無くて一本と呼ぶべきだろうか。 知恵を持つ剣、デルフリンガー。彼がここにいるなら、自分は一人じゃない。 一人じゃないなら、きっと大丈夫。 今までも一人で生きて来られたのだから、一人と一本ならもっと凄いことだって出来るかもしれない。 そうだ、こんな所でくじけている場合じゃない。 自分には、ハルケギニアに帰ってやらなくてはならない事があるのだから。 先程までの不安げな様子など微塵も感じさせぬ態度で、タバサは改めて周囲の様子を探り始める。 そうこうして行く内に、お目当てのデルフリンガーこそ見つからなかった物の、幾つか新しい発見があった。 一つは、地面に落ちていた黄色い円盤だった。 今までタバサの見た事の無い物であり、一体何に使うのかも皆目検討が付かない。 だが、その円盤に書かれている文字だけは、タバサにも理解出来た。 「エコーズAct.3のDISC」。それが何を意味している言葉なのかはわからないが、ここから考えられるのは、この円盤は“DISC”という名前であること。 そしてこの“エコーズAct.3”以外にも、色々な種類のDISCがあるのでは無いかということ。 この二つだけだ。 もう一つは、何故か自分が持っていた大盛りのはしばみ草のサラダ。 勿論こんな物を持って来た覚えは無い。 これを発見した時は流石にしばらく悩んでしまったが、気味が悪いからと言って自分の好物を捨てるのも気が引ける。後で、お腹が空いたら食べることにしよう。 そして最後に、地面のど真ん中に設えてある下層方向への階段。 他の道は全て行き止まりであり、これ以上何かを探すとしたら、この先へ進むしか無い。 よし。タバサは覚悟を決めて、階段に向けて一歩を踏み出す。 「……待ちやがれェェェェ~~~!!」 突然、呼び止められて振り向いてみれば、そこには怪しい風体の中年の男性。 片手にナイフを、もう片方の手に古ぼけたコートを握り締めている。 せわしなく動く瞳の色を見れば、麻薬か何かで明らかに冷静な判断力を失っているのがわかる。 「オレっちのコートをギろうなんていい覚悟だなァァァァ~~テメェェェェ~~~!!」 タバサの羽織っているマントをコートと勘違いしているのだろうか。 片手のナイフを振り回しながら、ヤク中のゴロツキが喚き散らしてにじり寄ってくる。 まずい。魔法の杖を持っていればどうと言う事の無い相手だが、今の自分は魔法が使えない。 小柄なタバサと、刃物を持った男では、どちらが有利か考えるまでも無かった。 「…………っ!!」 ――だったら、イチかバチか階段の先まで逃げるしか無い。 咄嗟に判断して、タバサは階段に向けて一直線へと駆け出して行く。 だが。足元に何かを踏みつけたような違和感を感じた刹那、タバサの足が動かなくなる。 「!?」 良く見れば、足元に仕掛けられていたトラップを、思い切り踏みつけている自分の足。 そして、それが踏み付けた者をその場に固定する「クラフトワークの罠」である事が、 理屈を抜きにしてタバサには瞬時に理解出来た。 「ひ、ひ、ひェ~ッヘッヘッヘェ!もォ逃がさねぇぞォ、テメ~~~!!」 何とか後ろを振り向くことは出来た。 だが、そこではもうヤク中のゴロツキがナイフを振り下ろそうとする姿が目の前に見えるだけだった。 「あ……っ!!」 もう駄目だ。自分はあのナイフに貫かれて、誰にも知られぬままにこの世界で命を落とすのだ。 タバサの脳裏に、この後訪れるであろう自分の最期の姿が浮かび上がる。 だが、苛酷な任務の日々の中で生存の為のセンスが刻み込まれたタバサの体は、反射的にヤク中のゴロツキに向けて最後の抵抗を試みる。 先程拾ったDISCを手に、ヤク中のゴロツキに叩きつけようとする。 「ぐェッ!?」 タバサの決死の反撃が見事に功を奏し、DISCがヤク中のゴロツキの腕にブチ当たる。 それによって、ヤク中のゴロツキのナイフは辛うじてタバサの顔を掠めるに留まり、 そしてタバサが手にしていたDISCは反動によってタバサの方に投げ飛ばされ、そして―― 「え……?」 ズブズブと音を立てているかのように、タバサの頭の中にDISCが沈み込んでいく。 何が起こったのか、タバサには一瞬理解出来なかった。 だが、それを理解するよりも早く、タバサのすぐ側からもう一つの声が響いて来る。 『Act.3、FREEEEZE!!』 「ウゲッ!?」 そしてヤク中のゴロツキに向けて人間の拳の形をした何かが振るわれ、ヤク中のゴロツキの姿を撃つ。 「よ、よくもヤリやがっ……ンガァ!?」 突然、ヤク中のゴロツキの体がズシリと地面に埋もれ、まるでその場だけ重力が倍になったかのようにヤク中のゴロツキの動きがスローになる。 『射程範囲5メートルニ到達シテマス。コレデモウテメーハ飛行機ノシートヨリモスローニシカ動ケネェ」 「ウグググ……」 『ソシテ!スローニナッタ隙ニ殴リ抜ケル!S・H・I・T!!』 「ウッゲアァァ~~~~!!」 ヤク中のゴロツキが満足に動けない所に、更に一方的に拳が振るわれる。 そして何発も拳を打ち込まれ、最後には悲鳴と共にヤク中のゴロツキの姿が掻き消えていった。 『危ナイ所デシタネ。モット早ク私ヲ装備シテイレバ、コンナ事ニハナラナカッタデショウニ』 ようやくクラフトワークの罠から解放されたは良いが、未だに状況を掴めずに眉を顰めているタバサを無視して、拳を振るった“主”は宙に浮いたまま一人で延々と喋り続ける。 『マ、コンナ連中モ数ガ集マリャ割ト厄介ダッタリスルンデスケドネ。Bi―――tch!!』 「……あなたは」 『ン?』 「あなたは誰?」 タバサの質問に、人間と同じ二本の手足を持つ―― しかし、その容貌は明らかに人間とは異なる“それ”は、宙に浮かんだままタバサの方を見やる。 『フム。「スタンド」ノ「DISC」ヲ知ラナイッテコトハ…ドウヤラ、ココニ来ルノハ始メテナノデスネ?』 “それ”の言葉に、こくりとタバサは頷いた。 『私ノ名ハ「エコーズAct.3」、「スタンド」デス。アナタガ今装備シテイル「DISC」ハ「スタンド」ヲ形ニシテ装備出来ル様ニシタ物デス』 スタンドにDISC。これまた聞いたことの無い言葉だったが、魔法を実際に形として見ているような物だと思って間違い無さそうだとタバサは思った。 さしずめDISCは、スタンドを使う為の魔法の杖と言う所だろうか。 「……ここはどこ?」 『ココハ「レクイエムノ大迷宮」ヘ至ル為ノ通過点デス。 コノダンジョンノ最深部ニ行カナイト「レクイエムノ大迷宮」ニハ辿リ着ケマセン。 ソシテ「レクイエムノ大迷宮」ヲ突破シナイ限リ、コノ世界カラハ出ラレマセン』 「!」 レクイエムの大迷宮とやらに辿り着けなければ、この世界からは出られない。 それはつまり、その場所に行く事が出来ればハルキゲニアに帰ることが出来るという事だ。 「……本当に?」 『本当ト書イテマジデス。Ass Fuckin!』 元の世界に帰る方法がある。エコーズAct.3の言う事が何処まで本当かどうかはわからないが、それは実際に行ってみればわかること。 何一つ手掛かりの無かった先程までよりは、遥かに状況は好転している。 目標がはっきりと定まっているなら、迷うことは無い。 後はそこへ向けて、全力で歩き続けるだけでいいのだから。 「………レクイエムに、行く」 そう呟いて、タバサは次の階層を目指して階段を降りて行った。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… プロローグ 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 「フム。この世界が“記録”で成り立っている以上、こうした船の“記録”もあるか。 これもまた大迷宮の主が仕掛けた試練の一つと言う訳だな…… ならばデルフ君の言う、要塞という表現もあながち間違ってはいないのかもしれんね」 『んじゃあ、つまりこういうことかい?この船を攻略しなきゃー先へは進めない……』 「そういうことになるだろうね」 自らもまたこの世界で生み出された“記録”であるツェペリが、デルフリンガーの言葉を肯定する。 『はー。今更言うのも何だが、面倒な話だな。 間違いねぇ、その大迷宮の主って奴ぁそーとーな性悪野郎だね』 タバサも全く同感だったが、敢えて同意の言葉は口にせずに、再び甲板の様子を見回してみる。 一通りぐるりと歩き回ってはみた物の、次の階層の入口になりそうな物は見つからなかった。 甲板で見つからないならば、船の中だ。船内に通じる扉を見つけて、改めて探索を続行せねばならない。 それを探す為に、タバサが一歩踏み出そうとした時だった。 「ウニャー」 何やら聞き覚えのある動物の鳴き声が、彼女達の耳に入って来た。 『あ…なんだ?』 その鳴き声がした方向に視線を向けると、柱の影に立ち尽くす小さな影が見えた。 「…………猫」 全身に斑模様の服を着込んだ猫が、じっとこちらを見据えている。 やがて雄であるらしいその猫は、中々に恰幅のいいその体を反転させ、御丁寧にブーツまで履いた足で駆け出していく。 「あ」 気になって、ついタバサは猫の後を追い掛けてしまう。暫しの追いかけっこの末に、その猫は行く先にあった僅かに開いているドアの中へと滑り込み、その姿を消して行く。 「行ってしまったな」 いつの間に追い掛けて来たのか、タバサの後ろに立っていたツェペリがそんなことを言って来る。 『こんな船に猫がいるってのも妙な話だぜ。こりゃどー考えても、絶対に罠だな』 「うん」 「同感だね」 デルフリンガー達の言う通り、あの猫は間違いなく自分達を誘い込もうとしているのだとタバサも思う。 ドアの先に広がっているであろう船内で、どんな敵が待ち受けているのかも知れない。 ただ一つ、このレクイエムの大迷宮に辿り着く前に、あの古ぼけたホテルの中で戦ったエンヤ婆と同様、今までとは明らかに違う敵が襲い掛かって来るであろうことだけは間違いないだろう。 「……でも、行かないと」 それでも、次の階層へ辿り着く為には、タバサ達がこの先に進まざるを得ないのもまた事実。 思い通りに誘導されているのは気に入らない話だったが、その考えを振り払ってタバサはそう宣言する。 「行かないと、進めない」 「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。 あまり誉められた発想では無いが、他に手が無い限りは止むを得んか」 『そもそも、敵さんが罠を仕掛けて待ち伏せしてるなんざいつもの話だしな』 消極的ではあった物の、タバサの決定にツェペリが一応の同意を示し、デルフリンガーもいい加減にこの大迷宮にも慣れて来たとでも言わんばかりに、諦めたような声で口を開いた。 「気をつけて進む」 これもまたいつもの話だったが、この大迷宮を進むにはそれが一番の近道でもあった。 タバサは先程の猫が姿を消したドアに向けて歩いて行き、それを大きく開いて船内へと足を踏み入れる。 「……あなたの」 『うん?』 船内の通路を歩きながら、思い出したようにタバサはデルフリンガーに向かってふと口を開く。 「あなたの持ち主は、すごい人だと思う」 『オレの持ち主ィ?ってーコトは、今の相棒かい?』 「うん」 あのゼロのルイズに異世界から召喚されて来た彼女の使い魔であり、デルフリンガーの相棒、平賀才人。 ハルケギニアに伝えられる伝説の使い魔ガンダールヴの資格を持つ青年。 そして、一度はその命を狙ってしまったにも関わらず、伯父一族の手によって囚われていた自分を救ってくれた、今は離れ離れになってしまっている大切な仲間の一人。 慣れないハルケギニアで一人ぼっちになってしまっても、今までの日々を懸命に生きて来た あの人に対して、同じ境遇に陥った今のタバサは深い尊敬と共に改めて親しみを覚えていた。 そんな自らの胸中など知る由も無いだろうが、どうしてもタバサはそのことをデルフリンガーに伝えたくなった。 『……はて。アイツ、ここ最近、何かスゲーことでもやったかね?』 「ずっと前から、すごかった」 『フム……わかんねーな。しかし突然そんなコトを言い出すなんて、一体全体どーしちまったんだ? 相棒のことが恋しくでもなったのか?ああ、ひょっとして、実はお前さんも相棒に惚れてたとか!? あータバサ、それなら悪いこたぁ言わねぇ。もう一度良~く考え直した方がいいぜ。 確かにアイツはいいヤツだと思うけどよ、女にゃホンットにだらしのねーヤツだからなぁ。 ルイズにシエスタに……キュルケのヤツは最近大人しくなったみてーだが、今度は代わりに、あのぼいんっぼいんのハーフエルフの嬢ちゃんと来た! それにあの姫様もまんざらじゃねーみてぇだし、他のイイ男を見つけた方がぜってーお得だって!』 「ばか」 そうデルフリンガーに捲くし立てられると、まるでタバサが召喚した使い魔の風韻竜に話し掛けられている気分になって来る。あの臆病で騒がしくて、すぐ自分に甘えて来るシルフィードの存在も、今から思えば懐かしい。 なんとなくシルフィードがこの場にいるような錯覚を覚えて、タバサはついデルフリンガーの柄をぽこんと叩いてしまった。 そして船内を探索することしばし。今の所、船の中に誰かがいるような気配は無かった。 先程通った操舵室らしき場所では、山のように積み重ねられた機械が勝手に明滅を繰り返していたのだが、それらがこの船の航行に必要なのだろうと言う推測以外は何を考えても無駄だと判断して無視することにした。もし今ここにコルベールがいたら嬉々として使い方を調べようとしたのだろうが、今のタバサ達に必要なのは次の階層に進む為の入り口だった。 今はまだ見つからないが、タバサ達を狙う敵も必ずこの船内の何処かに潜んでいるはずだ。 こんな時には階層内の敵に自分達の位置を知らせ、誘き寄せることの出来る「エンプレスのDISC」があればいいと思うのだが、こんな状況でも無い限りは、ただ単に使い勝手が悪いだけのカス札と言うこともあって、今は一枚も持っていなかった。 注意深く周囲の様子を窺いながら、タバサは次の船室に通じるドアのノブに触れ、右手でそれを回す。 中を覗いてみれば、どうやら貨物室らしい。目の前の通用口の前にただっ広い空間の中に大量の木箱が積み上げられている。 「………?」 そのまま室内に入ろうと一歩踏み出した瞬間、タバサは右手に妙な違和感を感じていた。 右手が妙に熱い。いや、これは冷たいのか?正体のわからぬ違和感はそのまま右手全体に広がって行き、そして深く切り裂かれて止め処なく出血する自分の右手を確認した時、ようやくタバサはそれが何者かの攻撃による物だということに気付いた。 「う……!?くぅっ…!」 『何ッ!?タバサ!?』 傷付けられたことを自覚した瞬間、明確な痛みがタバサを襲う。 指が切り飛ばされていなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。 右手から零れる赤い雫が、彼女の足元に染み広がって行く。 「敵の攻撃か!」 『だが一体どこから仕掛けて来やがったんだ!?オレにゃあ全然見えなかったぞ!?』 「…わからない…!」 周囲を見回しても、襲撃者の姿らしきものはどこにも見えない。 ただはっきりしているのは、自分達の近くに潜んでいる敵が確実にいるということだけだ。 「ムゥ……ともあれ、まずはその怪我をどうにかせねばな。タバサ、手を出してくれ。 波紋でダメージを和らげておく。その後でしっかり応急処置をするんだ」 「うん……」 ツェペリに言われるままに、タバサは出血の止まらない右手を彼に向けて差し出す。 その手を優しく掴みながら、コォォォォォ…と言う独特の呼吸音を立ててツェペリが体内の呼吸を整える。 「波紋疾走(オーバードライブ)!」 そして空いていた側の手で、ツェペリはタバサの右手に波紋を流し込む。 波紋とは、言うなれば人為的に生み出された生命エネルギー。 石仮面の力によって生み出される吸血鬼や屍生人にとっては、天敵である太陽光と同様に肉体組織を崩壊するよう作用するが、人間に対してそのエネルギーを与えるならば、体内の生命活動を促進させ、傷の痛みを和らげて癒す力を早めることも出来る。 この異物が体内に入り込んで来るような感覚はどうにも好きになれなかったが、それでもツェペリが流した波紋によって、それまで右手に走っていた痛みが少しずつ和らいでいくのがタバサにははっきりと自覚出来ていた。 「これでよし。先程襲って来た敵のことは気になるが、かと言ってここでじっとしている訳にもいくまい。 この部屋へは私が先に入ろう。タバサ、君は傷の手当てをしながら付いて来てくれ」 「わかった」 ワインがなみなみと注がれたグラスを片手に、ツェペリが貨物室の中へと入って行く。 それに続いて、タバサも懐からほんの僅かに余っていたゾンビ馬の糸を取り出し、左手と口を使って器用に右手の傷を縫合して行く。 「………ム!」 そして貨物室の真ん中に辿り着いた辺りで、ツェペリは突然足を止める。 グラスの中のワインが激しく波打ち、震えている。 ワインが生み出す波紋はグラスを伝わり、腕を伝わり、体を伝わり、地面を伝わり、そしてこの貨物室内にいる何者かの生命の振動を感じ取る。 このワインはまさしく波紋探知機。 ワイングラスの波紋を通して、ツェペリは今、自分達に敵意を向ける者の存在を感知していた。 「何者だね。隠れていないで出来たらどうかな?」 ツェペリの凛とした声が、広い貨物室の中に響き渡る。 それを受けて、複数のくぐもった声が前方から返って来た。 「オレ達に気付くとは、貴様只者じゃないな」 「そのワイングラス…こいつ、もしや波紋使いか?」 「波紋使い。オレ達の仇敵、憎んでも飽き足らない連中だ」 「どちらでもいい。ここに来た以上、貴様等には死んでもらう」 周囲に積まれた木箱の上から、複数の影がタバサ達の正面に向けて飛び出して来る。 数は四体。どれも辛うじて人間と同様に二本の手足を持ってはいるが、その肉体は不自然なまでに盛り上がり、頭部は最早人間の原型を留めておらず、その姿は醜悪の一言。 そして体から飛び出した何本もの血管が、まるで触手のように中空をうねっている。 「………っ」 応急処置の途中でまだ縫合の終わっていない糸を地面に垂らしながら、タバサが前に出ようとする。 「君は下がっていたまえ、タバサ。この程度の数の屍生人(ゾンビ)共など、私一人で充分だ」 ツェペリはそうタバサを制して、屍生人達に向けてまた一歩踏み出していく。 「……気をつけて」 暫くツェペリの顔を見据えた後、タバサはその言葉を聞き入れて、素直に後ろに下がる。 そして油断無く屍生人達の様子を窺いならがも、再び糸による応急処置を再開する。 「オレの名はペイジ」 「プラント」 「ジョーンズ」 「ボーンナム」 一人一人、律儀に屍生人達が名乗りを挙げる。 そして次の瞬間、四体の屍生人が一斉にツェペリの許へ向けて猛然と駆け出して来る。 「「「「血管針攻撃ッ!」」」」 屍生人達の体から針のように伸びる血管が、地面に立つツェペリに向けて真っ直ぐに伸びて行く。 冷静にその動きを見据えていたツェペリはその場で一気に前方へ跳躍、血管の群れを飛び越えてその動きを回避すると共に、そのまま空中を飛びながら屍生人の一体へと迫る。 「仙道波蹴(ウェーブキック)ッ!!」 「UGOOO!?」 真上から放たれたツェペリの膝蹴りが屍生人の一体の脳天に命中する。 膝を中心として脚全体に波紋を帯びたその蹴りを受けて、屍生人の一体がその頭部をジュウジュウと溶かしながら悶絶し、当のツェペリはそのままその屍生人を踏み台にするような形で、先程まで彼が立っていた場所とは反対方向の位置へと着地する。 「AGOOOO~!!」 「ジョーンズ!?チィィッ、やはりこいつは波紋使いかッ!」 「その通りだ。そして私は、貴様達のような亡者共を滅するに躊躇いは持たん」 冷ややかに宣言して、ツェペリは次なる屍生人に向けて拳を叩き込むべく拳を突き出す。 だがその為には距離が足りない。 そう思った瞬間、彼の腕が本来の長さ以上に伸びて、屍生人の一体に向けて迫って行く。 「ズームパンチ!」 自らの間接を外して腕を伸ばし、その際に生じる激痛は波紋エネルギーで和らげる。 そしてツェペリの拳が屍生人の一体に命中した時、腕全体に流された波紋エネルギーが拳を通じて 屍生人の体に流れ込み、屍生人の肉体と反発を起こしてその肉体組織を崩壊させるべく作用していく。 「GYAAAA!」 その一撃は先程蹴りを叩き込んだ屍生人と同様に、完全に止めを刺すまでには至ってなかったが、それでも二体の屍生人の体内に流し込んでやった波紋は、暫くの間彼らを無力化するには充分な量だった。 そしてツェペリは、その間に残る二体を仕留め損なう程の甘い戦士でも無い。 戦力の半数を失った屍生人達は、文字通り絶対絶命の危機に追い詰められていた。 「クソッ、ペイジまで!」 「やはり波紋使いと正攻法で戦うのは不利ということか……!ならばッ!」 残った屍生人の片割れがその場で反転、ツェペリに背を向けて一直線に駆け出して行く。 「プラントッ!?」 「そこの小娘の方をッ!確実に潰させて貰うまでよォーッ!KUAAAAAA!!」 常人を遥かに越える脚力で、応急処置を終えて今までの戦闘の一部始終を見守っていたタバサ目掛けてその屍生人が突進して来る。彼女の身体を刺し貫くべく、屍生人の全身から突き出た血管の束がその場で立ち尽くしているタバサの方向へと向けられる。 タバサは冷静に屍生人の接近する様子を見据えたまま、そして一歩、後ろへと跳んだ。 「その程度で逃れられると思っているのかァァ!RUOOOOOーーーッ!!」 咆哮と共に、屍生人の放った血管の束がタバサを狙って伸びて来る。 タバサは軽く後ろに下がったまま、その場を一歩も動かない。 そして猛然と疾駆する屍生人の身体が無数の血管針と共に彼女にぐんぐん近付いて来て―― 「ウオォォォッ!?」 タバサまであと一歩と言う所で、それ以上進めなくなった。 全く痛みを伴わなかったが為に、屍生人には自分の身に何が起きたのかわからなかった。 だが彼がタバサの目前に迫った瞬間、彼の脚が在り得ない方向へと曲がり、捩れて、気が付いた時には既にその脚は人間としての形すら保ってはいなかった。 「あなた達が私を狙う可能性は、充分にあった」 全身を支える脚の形を失って、無様に地面を転がる屍生人を見下ろしながら、タバサは言う。 既に彼女の背後には、装備用として頭に差し込んでいたDISCのスタンドが発現している。 「だから、潜航させておいた――ダイバーダウンのDISC」 屍生人の足元で、地面から上半身だけを突き出したスタンドが力を使い果たして消え去ろうとしていた。 あらゆる場所に潜航し、自らに触れた者の構造を内側から自由に作り変えてしまうスタンド。 目の前の屍生人達が、そしてまだ見ぬ自分の右手を切り裂いた襲撃者が、自分に向けて襲い掛かって来ることを見越して、タバサは既にダイバーダウンを周囲の地面に潜航させていたのだ。 そして、身動きが取れずにもがいている屍生人に向けて、タバサは装備DISCのスタンドの拳を向ける。 「クレイジー…ダイヤモンドっ!」 ドラララララララララァッ!! 「AGYAAAAAAA!!」 絶え間なく続くラッシュが、屍生人の体へと叩き込まれて行く。 クレイジー・Dの拳が容赦なくめり込む度に、人間を超越した筈の彼の肉体が更に歪に変形して行く。 そのまま止めとばかりに与えられた最後の一撃によって、その屍生人の体が先程ツェペリに波紋を流され悶絶していた仲間達の元へと吹き飛ばされる。 「ウゲッ」 「グギャ」 蛙が潰されたような悲鳴を上げて、三体の屍生人の体が折り重なって地面に倒れ伏した。 「おお……ジョーンズ…ペイジ…プラント…!何ということだッ…!」 「後は貴様だけだな」 「くッ」 ツェペリの気迫に気圧されて、最後に残った屍生人が後ろへと一歩退く。 そして後ろでは、クレイジー・Dを展開したままのタバサが厳しい瞳で屍生人の動向を窺っている。 前門の虎、後門の狼。あるいは袋の鼠と言うべきか。屍生人に逃げ場は無かった。 張り詰めた無言の睨み合いの末、一番最初に動き出したのは―― 目に見開いて驚愕の表情を浮かべるタバサだった。 「――後ろっ!」 「何ッ!?」 悲鳴にも似た彼女の叫びを耳にして、ツェペリは半ば反射的に真横へと飛ぶ。 その刹那、ツェペリの背後から巨大な影が飛来して、物凄い勢いでそれまで彼の立っていた場所を通り抜けて行く。 「AGOOO!!」 ツェペリとその陰の直線上に立っていた屍生人が、彼の背後から飛んで来た運搬用のクレーンの直撃を受け、頭と胴体を潰されてその場へと崩れ落ちる。 そして先端に鋭い鉤爪状のフックを括り付けたクレーンは、その勢いを全く殺さぬままタバサの方に向けて突っ込んで来る。しかし既にその進行方向から外れていたタバサには命中せず、先程彼女達が入って来た通用口の真上の壁に突き刺さってその動きを止めた。 『な…何だったんだよ今のは!?オレ様すげぇおでれーたぞ!?』 「………っ!」 大慌てで喚き散らすデルフリンガーの言葉にすぐには答えず、タバサは銀色に輝くDISCを一枚取り出し、四人で固まって倒れている屍生人達の一体に向けてそれを放り投げる。 『こっ……このバカ犬!エロ犬!スケベ犬!ヘンタイ犬ーーーーーーっ!!』 タバサにとってはトリステイン魔法学院のクラスメイトであるゼロのルイズの記憶が封じ込まれたDISCが屍生人の体内に差し込まれ、やがてそのルイズのDISCに刻み込まれた力によって屍生人の体が大爆発を起こし、それに巻き込まれた残りの屍生人達もまとめて塵となって消滅する。 「……ふぅっ」 爆発の後に残ったのは再び静寂。 タバサ達が周囲を見回しても、誰かが隠れている気配は感じ取れない。 「いやタバサ、先程は君のおかげで助かったよ。再び真っ二つになって死ぬのはもうゴメンだからね」 それまで散々激しい動きをしておきながら、雫一つ零れていないワイングラスを揺らしてツェペリが言った。先程は波紋探知機として屍生人達の接近を感じ取ったワインも、今は何の反応も示していない。 『しかしよぉー。今の柱と言い、タバサの怪我と言い…この船、想像以上にヤバいんじゃねーのか?』 残りのゾンビ馬の糸を全て使って傷を縫合したタバサの右手を見ながら、デルフリンガーが口を開く。 「そうだね。そして何よりも問題なのは、我々がまだ敵の正体を掴めていない、と言うことだな。 敵の立場になって考えよ――これもまた戦いの思考の一つだが、その考えに基づくと、 敵は我々に気付かれることなく、こちらを攻撃する手段を持っていることは間違い無い」 『コソコソ隠れて不意打ち狙いってコトかい?ったく、どんな奴かは知らねーが、陰険なヤローだぜ』 「だが奇襲も立派な作戦だよ、デルフ君。そして、そうした敵を倒す為には――」 「隠れている所を、見つければいい」 ツェペリの視線を感じたタバサが、彼の言葉に続いて答える。 彼女のその答えに、ツェペリは満足そうに頷く。 「その通りだ、タバサ。先程の屍生人の迎撃といい、君はもう充分に戦いの思考を実践しているようだ。 ジョナサン・ジョースターも私の自慢の生徒だったが、もしかすると君には私が教えることなど何も無いのかもしれんな」 ひとしきり鷹揚に笑ってから、ツェペリは不意に厳しい表情を作って言葉を続ける。 「ともあれ、こうも我々の不意を突いた戦い方をするということは、まず間違いなく敵はスタンド使いだろう。 またそいつは、スタンド能力で近接戦闘が出来るパワーを持っている訳では無いようだ。 もしそんなパワーがあるならば、今の屍生人と同様に直接我々の目の前に姿を現しているだろうからね」 『つーことは、フンガミの野郎が使っていたよーな自動操縦型のスタンドか』 「恐らくはな」 少し前の階層まで共に戦った仲間と、そして彼が行使していたスタンドの姿が、皆の脳裏に浮かぶ。 噴上裕也とハイウェイスター。この大迷宮で偶然拾った赤ん坊を安全な場所に送り届ける為に彼がタバサ達と別れてから、もう随分と長い時間が経ったように思える。 「フンガミ君のスタンドと同様に、遠隔操作で操るスタンドが相手ならば、逆に接近戦は不得手ということだ。 先に本体のスタンド使いを発見して、直接叩いた方が早いだろう。 そして最後に、これが最も重要になるが、敵はどうやら金属を武器に使うのでは無いかと考えられる」 『金属ゥ~?』 唐突と言えばあまりにも唐突なツェペリの言葉に、デルフリンガーは訝しげに声を上げる。 『そりゃ一体どういうこったい。なんで今の段階でそんなことがハッキリと言えるんだ?』 「………木箱」 デルフリンガーの質問に、周囲に積み上げられたそれらに視線を送りながら、タバサが答える。 「木箱が、崩れて来ない」 もし周囲の木箱が、今タバサ達の立っている場所に向けて崩落して来れば、先程彼女らの不意を突くかのように飛来して来たクレーンと同様の致命的な破壊力を生むだろう。既に四人の屍生人達が倒された以上、仲間達を巻き添えにする心配も無い筈なのに、依然として木箱は沈黙を保ったままだ。 そしてタバサが先程触れたドアノブもまた、クレーンと同様の金属であることを踏まえれば、敵が金属を自在に操る――あるいはそれに近い能力を持っているのでは無いかと推測出来た。 『フム……木で出来た箱は動かねぇ、だから敵が好きに出来るのは金属だけ、か。なるほどな』 「これからはドア一つ開けるにも苦労しそうだが、仕方がないね。 現にドアノブに触れたタバサがこの有様だ。 下手な所を触れば、その場で我々は全滅するかもしれんな」 口調こそ冗談めかしているが、ツェペリの目には冗談の欠片も混じってはいなかった。 「気をつけながら、移動する」 生憎と、今の自分達にはそれ以外に出来ることは無い。 そのことを確認するように呟いてから、タバサは再び先へと進もうとする。その瞬間だった。 「…………っ!?」 突然、地震でも起きたかのように貨物室の床が震え出した。 震動は次第に勢いを増して行き、思わずタバサはバランスを崩してその場に膝をついてしまう。 そしてふと、急に視界が暗くなった。 頭上を見上げれば、限りなく正方形に近い形の巨大な塊が、宙に浮いてタバサ達に影を作っているのが見える。 『――落ちて来てるじゃねーかぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!』 天井近くまで積み上げられた木箱が降り注いで来る中で、 先程のタバサ達の推測を全力で否定するかのようにデルフリンガーの悲痛な叫びが貨物室の中に反響する。 「ウーム……私の考え違いだったか。いや、しかしそれでは先程タバサが受けた傷の説明が付かんな…… フム、これはもしかすると…」 『ツェペリのおっさんよォォォ!こんな時に何ノンキに考え事してんだぁぁぁぁ!? さっきの御高説、どっからどー見ても完ッ璧に大ハズレじゃねーかよぉぉぉぉッ!!!』 あと数秒で木箱の下敷きというこの状況下の中で、不自然なまでに冷静に推測を続ける ツェペリに対し、完全に取り乱した様子のデルフリンガーが大声で喚き散らす。 頭上を見上げるまでも無く、一同を押し潰そうと木箱の雨が容赦なく雪崩れ落ちて来るのがわかる。 しかしツェペリはあくまでも余裕の表情を崩さぬまま、未だに地面へ蹲ったままのタバサに向けてその手を伸ばした。 「タバサ、準備はどうかね?」 「いい」 ツェペリと同じく取り乱した様子一つ見せずに、タバサは差し出されたツェペリの腕を力強く握り締めて答える。 「しっかり掴まってて」 そう言って、タバサはツェペリの腕を掴んだまま、足を一歩だけ踏み出す。 その刹那、彼女の体がまるで爆発に巻き込まれたかのように前方へと勢いよく吹き飛ばされて行く。 『うおおおおーーーーーッ!!?』 「……エコーズ……」 その衝撃に驚きの声を上げるデルフリンガーの叫びを耳にしながら、タバサは小さくその名を呟いた。 タバサにとって掛け替えの無い存在であるスタンド、エコーズAct.3。 彼自身のスタンドとしての特性として、エコーズAct.3は「あらゆる物を重くする」と言う能力を持っていた。 そして、彼がその姿に至る一歩手前の形態であるエコーズAct.2には、それとは別の能力として尻尾の先端を変形させて擬音を表わす言葉を書き込むことにより、書き込んだ言葉そのままの現象を引き起こすことが出来る。 例えば地面に「ドッグォン」と何かが爆発するような言葉を書き込めば、その文字に触れた者はまるで爆風に巻き込まれたかように遠くへと吹き飛ばされる効果が生まれるのだ。 そして今まさに、エコーズAct.2の能力を封じ込めたDISCによって、その文字を書き込んだタバサは自ら文字に触れることで、腕を掴んだツェペリと共に、木箱が床に崩落するまでの間隙を縫うようにして、先程入って来た通用口とは反対方向に向かって吹き飛ばされて行く。 大丈夫。きっとエコーズが自分達を守ってくれる。 タバサはそれを信じて、爆風の勢いに身を任せて宙を飛んでいた。 『おおおーっ!壁!壁壁カベカベカベカベーーーーーッ!!』 その勢いで木箱の雨を潜り抜けた彼女達の目の前に、今度は一面に広がる金属製の壁が見えて来る。 エコーズAct.2の文字による衝撃も、重力に従って次第にその勢いを落として行ってはいるのだが、今のままのスピードでは地面に落下するよりも先に壁へ激突する方が先だった。 まともに激突すればタダでは済まない。頭からぶつかるなら脳挫傷、体を打ち付ければ内臓を痛めて血を含んだ咳を吐くぐらいの羽目になるのは確実だろう。 いずれにせよ、そんなダメージを大人しく受ける訳にはいかない。 タバサは先程エコーズAct.2のDISCを使用する際に、あらかじめ装備しておいたDISCのスタンドを空中に浮いている体勢のまま展開する。 「――スパイス・ガール!」 WANNABEEEEEEEE!! 女性的な外観をした人間型のスタンドが、タバサ達の目前に迫った壁に向けて拳を叩き込む。 それとほぼ同時にタバサ達は、変わらぬ勢いのままに金属で覆われた壁へと叩き付けられる。 だが、スパイス・ガールのスタンド能力で「柔らかく」なった壁は、激突の衝撃を全て緩和し、タバサ達の体を優しく包み込む。そしてスパイス・ガールの能力が解除されることで、元の平面の形を取り戻そうとする壁と共に、その壁にめり込む形になっていたタバサ達の体が室内の側へと押し戻される。 タバサとツェペリが壁に押されて悠然と床に着地した頃には、既に貨物室を襲った震動も木箱の崩落も、全てが収まった後だった。 『……はー。ったく、死んだかと思ったぜ……おでれーたってレベルじゃねーぞ、おい…』 「ハハハ、私もあまり生きた心地はしなかったがね。ま、これもタバサを信じればこそだな」 タバサがDISCのスタンドで地面に何か細工をしていたのを見た時、ツェペリは自分の命を彼女に預けることを決めた。 あの状況下では、下手に自分が動いた所で現状を打破出来るとは思えなかった為だ。 もし、自らの力ではどうしても対処出来ない状況に追い込まてしまったらどうするか? その時は仲間に頼るまで。自分は今、一人で戦っている訳では無いのだ。 今までの戦いの中で、ツェペリは命を預けるに相応しい仲間であるとタバサのことを評価していた。 僅かな期間の中で目覚しく成長を遂げて行くジョナサン・ジョースターとは少し違うものの、自らの非力さを理解した上で、思考と戦術で以って冷静に戦いに臨むタバサの存在は、やはり側で見ていて頼もしいものだ。 ただ、時折己の限界を超えて無茶をするきらいがあるのは、やはり彼女がまだ若いからだろうか。 それとも、自らが果たさねばならぬ使命に心を囚われるあまり、焦りや気負いがあるのだろうか―― 恐らくはその両方だろう。ツェペリ自身にも経験があるからこそ、わかる。 父を人ならざる吸血鬼へと変え、大勢の人々の命を奪った石仮面を葬り去るべく、全てを捨てて波紋法を学んだ自分になら。 そして、何か一つタバサが無茶をする度に、いつも心配ばかりしていたあの噴上裕也ならば彼女が上辺ほどには無感情な少女では無いことに気付いているだろう。 冷静ではあるが、冷徹では無い。 普段から無口で無表情を装っているからこそ、いざと言う時には胸の内に秘めた感情の動きが浮き彫りになることもあるのだ。 その感情は戦いに臨む際には時として命取りになる。 だが、それを完全に失ってしまっては人間として必要な正義の心をも失ってしまう。 かつては誇り高き戦士として謳われた古代の騎士タルカスが、邪悪な吸血鬼ディオ・ブランドーの手によって屍生人として蘇生させられた時、ただ残忍で凶暴なだけの怪物へと変貌していたように。 そして“生前の”自分は、愛弟子ジョナサンを救うべくタルカスとの戦いの中で死を迎えた。 あの時は、ツェペリに波紋法を与えた師トンペティが予見した通りに運命が訪れた。 ならば今はどうだ? 一度“死んだ”この自分には、この世界でどのような未来が待ち受けているのだろうか。 ――それは今考えても仕方があるまい、とツェペリはふと胸の内に浮かんだ想いを振り払う。 生前の運命が何であれ、今この場に立っている以上は、自分が望む目的の為に歩いてかねばならない。 この大迷宮の最深部にあると言う、吸血鬼に力を与えるエイジャの赤石を自らの手で封印する。 その為に、自分は今、ここでこうしてタバサ達と共に行動を共にしているのだから。 「とにかく礼を言うよ、タバサ。君のおかげで助かった」 「うん。でも気にしないで」 それからタバサは、仲間だから、と小さな声で呟いた。 『まあ何とか助かったからいいような物の……なあ、ツェペリさんよぉ』 「何かな?」 『敵さんの能力ってのは一体何だと思うね。どーも、金属を使うって言うだけじゃ無さそうだぜ?』 先程まで木箱の雨に潰されかけた恨みがあるのか、意地の悪い口調でデルフリンガーが聞いて来る。 しかしツェペリは彼の言葉に含まれていた棘や皮肉の類は一切気にせず、フム、と再び考え込む。 「確かに君の言う通り、先程の私の推測は正しい予想では無かったようだ。 正確に言うならば、金属“だけ”を使うという表現がな…… 先程我々に向けて木箱を崩して来た揺れと言い、次に考えられるのは――」 『船の中のモンを自由に操れる能力ってワケかい?』 「違う……船のスタンド」 冗談交じりに言ったデルフリンガーの言葉に、後から続いたタバサが修正を入れる。 「この船そのものが……誰かのスタンド能力」 そして、その場にいる皆の想像を代弁するかのように、彼女はそう呟いた。 『……スタンドで作った船、か。まー普通だったら悪い冗談で済ませただろーけどよぉ。 ここまで来ちまうとそれ以外に考えられねーよなぁ』 半信半疑という様子ではあったが、それでもデルフリンガーはタバサの言葉に同意する。 無論、確証は無い。だがその可能性はかなり高いはずだとタバサは思う。 以前に戦ったスタンド「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」は、本来ならばガラクタ当然のポンコツ車の外見・性能を強化すると言うスタンド能力を発揮していたし、レクイエムの大迷宮の番人とも言うべきエンヤ婆の「正義(ジャスティス)」もまた、幻のホテルを生み出す程のスタンドパワーを持っていた。 だとするならば、彼らと同じように船一つを丸ごと生み出し、操作出来るスタンドが存在していても不思議では無いだろう。 非常識とはタバサは思わなかった。この世界で触れた異世界の文化一つを取ってみても、自分の想像を絶する物であった以上、自分の想像を超えるよう突拍子も無い能力を持ったスタンド使いがどれだけ出てきても不思議では無いのだ。 そしてここは文字通り敵の腹の中であり、自分達の行動は全て敵に筒抜けとなっていると考えるべきだろう。 「…だが、それだけとも思えんが……ん?」 貨物室に入る直前、タバサを襲って来た敵の攻撃にあくまでも拘るツェペリが彼女の右手の傷に視線を送ると、その先に見覚えのある相手の影が視界の中に入って来た。 斑模様の服を着込んだ猫。先程、この船内にタバサ達を誘導して来た張本人だ。 「あ」 一同の視線に気付いたその猫は、ニャーゴと一鳴きした後に再び踵を返して目の前から去って行く。 「あの猫……また姿を現したな」 『ハッ。あのドブチ野郎、まるで「ご苦労さん、今度はこっちだ」って案内してるみてーだな』 恐らくはデルフリンガーの言う通りなのだろう。 だが、今はまだ、この船に潜むスタンド使いに対しての手掛かりは、あまりにも少ない。 敵がこちらを誘い込む気ならば、それに乗って相手の同行を見極めるのが一番手っ取り早い。 死中に活。確かに下策には違いなかったが、ここで手をこまねいているだけでも同じことだ。 「あの子を追う」 言うが早いか、タバサは貨物室の外へ向かって出ようとする猫を追って走り出していた。 「……やれやれ。何だか着実に敵の罠に嵌まって行ってる感じがするねえ」 『まーな。だけどそれも、虎穴に入らずば何とやらってヤツなんじゃねーのかい?』 「違いない」 軽く肩を竦めて、ツェペリも彼女の後を追って物凄いスピードで駆け出して行く。 「クレイジー・ダイヤモンド…!」 ドラァッ!! この船全体がスタンドの可能性がある以上、迂闊に手で触れる訳にもいかない。 タバサの頭に装備された攻撃用DISCのスタンドが放った一撃が、目の前の金属製の扉を吹き飛ばした。 天井は大小様々なパイプが剥き出しになっており、先程の貨物室程のスペースは無いが、それでも結構な広さの船室だ。 その船室の真ん中で、タバサ達が追い掛けていた猫が立ち止まってある一点をじっと見つめていた。 『なんだい。今まで逃げてばっかいたってーのに、今回はやけに余裕だな』 タバサ達が近付いて来ても、その猫は特に警戒した様子も無くヒクヒクと鼻を鳴らしている。 「…………」 タバサはその場に屈み込んで、猫の頭をぽふぽふと触ってみる。 特に抵抗する様子も無く、タバサのされるがままに身を任せている。 そこで今度は顎を撫でてみる。 ごろごろ。目を細めて呻き声を上げる。嫌がっている訳では無さそうだ。 ――面白い。今度はどこを触ってやろうか。耳の裏?それとも腹か? 全部撫でるのもいいかもしれない。目の前の猫の存在は、無意味にタバサの嗜虐心を刺激する。 『ん……?おい、見てみろよタバサ』 「はっ」 思わず猫を撫でるのに夢中になってしまった。それもこれも、こいつが可愛いのがいけないのだ。 デルフリンガーの呼び声で正気に戻されたタバサは、慌てて猫を撫でる手を止めて視線を脇に向ける。 「…………猿?」 タバサ達の視線の先には、頑丈そうな錠前で閉ざされている鋼鉄製の檻。 その中で、まるでハルケギニアのオーク鬼やトロル鬼もかくやと言う程の、巨大な猿が鎮座していた。 『こりゃおでれーた。猿が本を読んでやがる……』 その猿は口元に紙煙草を咥え、煙を吐き出しながら、胡乱な瞳で手にした本をパラパラと捲っている。 紙煙草と言う物自体を見たことの無いタバサには、猿の咥えている物の正体まではわからなかったが、 彼が手にしている本については見覚えがある。 正確に言えば、それと良く似た物を見たことがある、と言うべきだろう。 不自然なまでに鮮明に描かれた半裸の女性の絵に、見慣れない文字による装飾。 親友キュルケの実家に家宝として伝わっていた、異世界から召喚されし書物にそっくりだった。 以前シエスタを強引に召抱えようとしたあのジュール・ド・モット伯に対して、あの平賀才人がシエスタを取り戻すために決闘を挑んだ際、仲裁にやって来たキュルケがあの本と引き換えにシエスタを取り返したと言う騒動を、タバサは良く覚えている。 そう言えば、平賀才人はあの本も自分と同じ世界から同様に召喚されて来たと言っていた気がするが、ともあれ、あの召喚されし書物には「男性の欲情を駆り立てる」と言う力があるとされており、 それが好色なモット伯の琴線に触れたというのは間違いないだろう。 一応、タバサも問題になったあの本をキュルケから読ませて貰ったことはあるが、目を通した所で何の感慨も湧かなかったし、そもそも、己を高める為の知性の研鑽と言う目的で読書を心掛けている 自分には、娯楽の為の本などは気分転換用に時々読めればそれで充分なのだ。 だがそれでも、この世界で戦いに明け暮れる日々を送っていると、何でも良いから本を読みたくなって来る。 時折大迷宮の中に落ちている、あのコミックスとやらの文字が読めたら良かったのに。 タバサはDISCのパワーを強化する為の大切なコミックスの存在が、たまに恨めしく思える時さえある。 だが、今はそんなタバサの読書に対する姿勢やこだわりなどはどうでも良い。 問題なのは、人間の男の欲情を煽る類の本を、目の前の猿が当たり前のように読んでいると言う点だ。 「……ツェペリさん」 「何かね、タバサ」 「あなたの世界では……猿も本を読むの?」 「いいや。少なくとも、私の知る限りでは普通の猿は本など読まんよ」 我ながら相当に間の抜けた質問だとは思ったが、それでもタバサは大真面目な表情で尋ねる。 そしてツェペリも、タバサの言わんとしていることを察知して、同じく真剣な口調で答えた。 『と言うことは……ひょっとするか?』 「ああ、ひょっとするだろうね」 そこでようやく、猿はこちらの存在に気付いたかのように、手にした本を放り捨てて振り向いて来る。 口に咥えた煙草を檻の中に擦り付け、その火を消す。 そうした一連の仕草だけで、この猿が相当な知能を持っていることが窺える。 特にそう感じさせるのは、そのあまりに人間的な仕草以上に、火を恐れていないことだ。 動物にとって、火とは未知の力だ。 人間が他の動物以上に繁栄して来た背景の一つは、火の力を自在に使いこなして来た為だ。 言い換えれば、人間とは火の「恐怖」を克服し、支配したその「恐怖」を与えることで他の生物達を駆逐してきたのだとも言える。 それはツェペリやスタンド使い達の世界でも、タバサの生まれ育ったハルケギニアだろうと変わらない。 だが、火を前にして全く恐れを見せず、逆にそれを煙草の為に使ってみせるこの猿は既に動物の範疇を越えている。 そして、それは同時にこの猿が火の「恐怖」を上回る「力」を持っている傍証にも成り得る。 猿はタバサ達の方に視線を向けたまま、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。そして。 『コイツっ…!やっぱりコイツが、スタンド使いかぁーッ!!』 デルフリンガーの叫びを肯定するように、船室の天井を走るパイプの群れがタバサ達に降り注いで来た。 To be continued…… 第8話 その1 戻る